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【栃木】

<11日に考えた>食の安心、監視役 自宅に小さな「放射線測定所」

「益子放射線測定所」の前に立つ古川さん=益子町で

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 二〇一一年の東京電力福島第一原発事故の翌年から、食べ物などに含まれる放射性物質を測定し続けている女性がいる。益子町の看護助手、古川百合子さん(71)だ。自宅の敷地内にある小さな作業スペース「益子放射線測定所」を訪ねた。 (北浜修)

 測定所は、趣味とする陶芸の作業場の横にある。木造で、広さは三畳ほど。

 中にあるのは、見慣れない円筒状の測定機器。チェルノブイリ原発事故で大きな被害を受けたベラルーシの製品だ。素材は鉛とステンレスで、検体を入れる高さ約三十センチの円筒部を、三脚が支える。

 測定したい食べ物を細かく切り刻んで容器に入れ、円筒部の中に置いてふたを閉める。機器は、測定値を表示する専用ソフトが入ったパソコンと結ばれており、画面に値が表示される。セシウムなどが測定できるという。食べ物のほかに土や灰も受け付けている。

測定機器とつながったパソコンの画面で、検体のデータを見る古川さん

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 古川さんは米こうじを機器に入れ、測定を実演した。約一時間にわたり、パソコンの画面を確認。上下に波打つ線を指さしながら「ここがセシウムの値を示す部分ですね」と見方を教えてくれた。

 「東日本大震災後、近所の母親たちから、子供たちに食べさせる物の安全性を確かめたいと相談された」。古川さんは、測定の流れを説明しながら、測定を始めるきっかけとなった出来事を明かした。

 震災前から夫の内科医院で仕事を手伝う傍ら、週末には自宅の敷地内などで、農家などが持ち寄った無農薬野菜などの直売会を催してきた。仕事や直売会を通じて多くの人と出会う中で、相談を受けたという。

 地元の人々のカンパなどで資金を集め、小さいながらも作業スペースを作った。一台約百五十万円の測定機器も日本国内で購入し、一二年五月から測定している。

 当初は、毎日のように測定に追われた。県内外から依頼者が訪れ、特にコメを持ち込む人が多かったという。最近は毎日ということはなく、水・木曜の週二回、測定を受け付ける。来所する人も地元住民が多い。

 測定所を運営する中心メンバーは古川さんら六人。さらに会費の支払いなどで運営を支える人たちが地元を中心に約百五十人いるという。

ベラルーシ製の測定機器。検体を容器に入れ、ふたを閉めて使う

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 測定を始めてから、不安を抱えた依頼者が安心して帰って行く姿を見てきた。震災と原発事故の発生から七年。古川さんはこれからも測定を続けるつもりでいる。

 「放射性物質の影響は長く続くことを、人々が忘れていくのを防ぎたい」

 全国各地で同様の活動をしている市民グループがある。心を同じくする人たちとの連携を模索している。

 

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