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【栃木】

陸前高田、故郷との橋渡し役に 那須塩原の森さん 復興支援で奔走

5月のタカタフェスタに向け、茶田勉実行委員長(左)と打ち合わせする森志津枝さん=静岡県熱海市内で

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 東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市の復興を支援するため、静岡県熱海市で毎年開かれているイベント「TAKATA−FESTA(タカタフェスタ)」に、陸前高田市出身で那須塩原市在住の主婦森志津枝さん(58)がボランティアスタッフとして参加している。電車で片道4時間半かけて、熱海市で行われる運営会議にも毎月出席。「震災を免れて生きているからには、ふるさとのために頑張り続けたい」とイベントの盛り上げに尽力する。(杉原雄介)

 二〇一一年三月十日、森さんは前年に亡くなった母親の法事で、高校卒業まで過ごした陸前高田市気仙(けせん)町の実家にいた。

 十日夜、栃木に戻ると十一日に震災が発生。「ニュースでも陸前高田の情報は全く流れなかった。津波で町ごと消えてしまったと思った」。陸前高田に住む父親や姉とも連絡が取れず、新聞やテレビの安否情報にかじりつく日が続いた。

 十四日に二人の無事が判明したが、大工の父が造った木造二階建ての実家は津波に流された。近所に住んでいた同級生の祖母ら知人も亡くなった。

 「もし自分が十一日も実家にいたら、車におばあちゃんを乗せて逃げられたかもしれない。なぜ帰ってしまったのか」と後悔を募らせた。

 二十四日には父や姉と会うために陸前高田へ。二週間ぶりのふるさとは一面にがれきが散乱し、「目に入る光景が全て灰色だった」と振り返る。海から百メートルほどの立地にあった実家の跡地には石と砂しかなかった。姉は「海を見たくない」と、ずっと海岸に背を向けていたという。

 変わり果てた故郷のためにできることをしようと、森さんは一二年から、陸前高田の被災者らが作ったビーズ細工を首都圏などの催しで販売するプロジェクトで活動。タカタフェスタも当初は、ビーズ細工の出店者として参加していた。

 だが、プロジェクトは一五年に終了。「支援活動を続けたい」と願う森さんを、フェスタ実行委員長の茶田勉(つとむ)さん(55)が運営スタッフに誘った。

 茶田さんは「森さんは故郷への思いが強く、常に何かしてないと落ち着かないタイプだと感じた。命の大切さを知る人が活躍できる場を作りたかった」と振り返る。

 森さんは岩手の特産品や復興支援グッズの販売を担当。被災者をフェスタに招き講演会や防災紙芝居の上演も実現した。茶田さんは「森さんのおかげで、リアルな震災の話を知ることができる。頼りがいのある仲間です」と存在の大きさを語る。

 「熱海の人たちが陸前高田のために身を削って頑張ってくれるのがうれしい。彼らがいるから、自分も支援活動に励める」と笑顔を見せる森さん。

 「減災や防災のことなど、社会に伝えないといけないことはまだまだ多い。陸前高田と熱海の橋渡し役として細く長く頑張りたい」と意気込んでいる。

東北の特産品販売や音楽ステージ、防災啓発など多彩な催しが行われるタカタフェスタ

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 <タカタフェスタ> 東日本大震災の復興支援や音楽ライブ、防災啓発などを合わせた催し。岩手県陸前高田市の出身者らが2011年9月に同市で開いた音楽イベントが始まりで、静岡県熱海市では13年から年1回開催。昨年5月のフェスタには約8000人が訪れた。

 今年は5月12、13両日に親水公園(同市渚町)で開催。陸前高田市と熱海市の音楽団体によるライブや、東北の特産品販売、陸前高田市長の講演などを予定している。問い合わせは熱海市観光協会=電0557(85)2222=へ。

 

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