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【栃木】

草雲が愛した刀 足利の特別展で「冬広」初公開 19日から

草雲が所持していた可能性が高い「雲州住藤原冬広」(足利市教育委員会提供)

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 幕末に足利藩士から絵師へ転じ、明治時代に画家として活躍した田崎草雲(1815〜98年)が所持していた可能性の高い刀が見つかり、足利市の草雲美術館で19日〜6月3日に開かれる特別展「草雲と刀工たち」で公開される。刀工一門「冬広(ふゆひろ)」が江戸中期以降に打ったとみられる。名工として知られる堀川国広が安土桃山時代に足利学校で打った脇差し「布袋国広」なども一緒に展示する。 (吉岡潤)

 草雲は画家として近世足利芸術の礎を築く一方、幕末の混乱期に民兵組織「誠心隊」を結成。総司令として足利を戦火から守る「武闘派」の一面を持ち合わせた。司馬遼太郎の短編小説「喧嘩(けんか)草雲」のモデルにもなっている。

 市教育委員会によると、発見された刀を所有していたのは、誠心隊にゆかりのある人物の子孫という市内の男性。長さ七二・三センチの刀には「雲州住(うんしゅうじゅう)藤原冬広」の銘が切られていた。

79歳のころの田崎草雲

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 冬広は中世から近世にかけ、山陽、山陰地方を中心に活躍した一門。草雲が冬広の作を好んだことは知られていたが、刀の行方は分からなくなっていた。

 男性から連絡を受け、調査した結果、刀の価値が身分相応で、柄(つか)や鍔(つば)に草雲が好むデザインが施されていることが判明。「非常に高い確率で草雲が所持していた刀」とする刀剣研究者の結論を得たという。

 国広が「布袋国広」を作刀した約二百七十年後、同じ足利学校で刀工の源景国(かげくに)が鍛えた刀も同時に披露。足利を舞台に国広、景国、さらに景国と同時代に生きた草雲が持っていたとみられる冬広が並び、物語性の漂う構成になっている。

 さらに草雲が西洋軍服姿で馬にまたがる西郷隆盛を表現したびょうぶ絵、草雲が不動明王を描いた誠心隊の陣羽織なども展示。武闘派としての草雲の息づかいが感じられそうだ。

 午前九時〜午後四時、二十一日は休館。入館料二百十円。

 

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