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【栃木】

日本遺産、県内から2件 大谷石文化、那須野が原開拓

大谷石の外壁に、中世西洋のロマネスク建築様式の装飾が施された松が峰教会

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 地域の文化財を一つのテーマでまとめ、物語として発信する「日本遺産」が二十四日、全国で十三件認定され、県内からは宇都宮市が申請した「地下迷宮の秘密を探る旅〜大谷石文化が息づくまち宇都宮〜」、那須塩原市など四市町が申請した「明治貴族が描いた未来〜那須野が原開拓浪漫譚(ろまんたん)〜」が入った。地元は認定を喜び、地域活性化や誘客につながることを期待している。

◆「地下迷宮の秘密を探る旅」 大谷石文化(宇都宮市) 

 宇都宮市の「地下迷宮の秘密を探る旅」は、大谷石の産地で連綿と受け継がれてきた、石を掘り、その石を自在に使いこなす文化を伝えている。

 巨大な地下空間を形成するカネイリヤマ採石場跡地や宇都宮二荒山神社の石垣、松が峰教会などに加え、東武鉄道・南宇都宮駅舎、大谷石掘削道具一式、御止(おとめ)山の大谷の奇岩群など三十八件の文化財で構成する。

高い崖を形成する御止山の大谷の奇岩群=いずれも宇都宮市で(市教委提供)

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 江戸時代から始まった大谷石採掘は、最盛期の一九七三年には年間約九十万トンを出荷し、国内屈指の採石産業として発展した。

 市街地では都市づくりに大谷石を使い、さまざまな用途で重宝されてきた。農村部でも、三十棟以上の石蔵が集まる集落があり、素朴な景観が広がっている。

 カネイリヤマ採石場跡地は現在、大谷資料館となり、「インスタ映え」のスポットとして観光客から人気を集める。市内の大谷石を使った建造物は約九千棟に上り、最近ではカフェ、ギャラリーなどへの転用も進む。

 市教育委員会は、日本遺産の認定を「大谷石の文化が、日本を代表する誇れる資源として認められたことは名誉。観光地でもある大谷地区の誘客にも弾みがつく」と喜んだ上で「市民にも改めて大谷石の価値や魅力を再認識してもらえるのでは」と期待感を示す。 (原田拓哉)

◆「明治貴族が描いた未来」 那須野が原開拓(那須塩原市など4市町)

広大な那須野が原に残る松方別邸 

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 「明治貴族が描いた未来」は、那須塩原市、矢板市、大田原市、那須町が申請した。三十一の文化財で構成。荒野を豊かな大地に変えようと尽くした貴族たちの足跡をたどれる。

 四市町に広がる約四万ヘクタールの扇状地「那須野が原」は一八八〇(明治一三)年から、貴族階級が私財を投じて大規模農場を開いた。必要な水を確保するため八五年には「那須疏水(そすい)」が開削された。農場の牧畜は羊から乳牛へと移り変わり、生乳生産本州一を誇る酪農地帯へと成長を遂げた。

 明治政府の外務大臣、青木周蔵の「旧青木家那須別邸」や、内閣総理大臣を務めた松方正義が千本松牧場内に建てた「松方別邸」など多くの文化財が残されている。

農場で水を確保するため開削された那須疏水旧取水施設=いずれも那須塩原市で(市提供)

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 今回で申請は二度目。地域で展開されたワイン作りやリンゴ栽培といった食文化も加えてストーリーを再構築した。那須塩原市の君島寛市長は「明治元年から百五十年の節目の認定となり巡り合わせを感じる。先人の開拓精神にならって、あきらめずに挑戦した結果だ」と喜びを語った。

 大田原市の津久井富雄市長は「明治の元勲たちの活躍を学び直す場としても活用できるだろう」と期待。矢板市の斎藤淳一郎市長は「地域全体を周遊してもらえるルートを構築したい」、那須町の山田正美副町長は「自転車で周遊するコースも作れそうだ」と活性化案を示した。

 四市町は六月にも活用推進協議会を設立。モデルコースやツアーの開発など具体的な検討を始める。 (小川直人)

◆「2件認定、誇りに」 福田知事、情報発信に意欲

 県内関連の日本遺産は、足利市が水戸市などと申請した「近世日本の教育遺産群−学ぶ心・礼節の本源−」が2015年4月に認定されて以来。福田富一知事は「本県から2件が認定されたことは大変誇りに思う」とコメントを発表した。

 福田知事は「本県の魅力向上はもとより、認定を受けた地域の活性化など波及効果も期待できる」と歓迎。「市町と協力し、文化財群のさらなる保存・活用を図り、積極的なPRにつとめる」と情報発信に意欲を示した。 (北浜修)

 

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