東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 栃木 > 記事一覧 > 7月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【栃木】

<奥島孝康のさらに向こうへ>プルス・ウルトラ 限りない学究と社会貢献

 今回からこのテーマを受け持つことになった。題材は無限にあろうが、ここでは、青少年、郷土(とりわけ「栃木」)、教育、スポーツ、幼い日の体験(思い出)などにテーマをできるだけ絞り、そこから「さらに向こうに」思索を伸ばす「端緒」を提示することに試みたいと思う。

 実は、この「さらに向こうへ」とは、ぼくが学長を務める白鴎大学のモットー「プルス・ウルトラ(PLUS ULTRA)」なるラテン語の日本語訳である。

 この大学にぴったりの素晴らしいモットーは、白鴎大学の学祖である初代学長の上岡一嘉の考案になるものであるが、もともとはスペイン王国の紋章に刻まれていた言葉の転用である。

 コロンブスによる新大陸の発見以前は、スペインが世界の最西端に位置するものと信じられており、そのため、スペイン王国はその紋章の楯(たて)に「NE PLUS ULTRA」(「この先はなし」)と刻んでいた。

 しかし、コロンブスによる新大陸の発見により、否定詞のネ(NE)を削り、そのモットーを「プルス・ウルトラ」に変更した。学祖上岡は、これを新生白鴎の限りなき発展への祈りをこめて、「若き情熱の学府」白鴎大学のモットーとしたのである。

 学問の探求に限りがないように、スポーツの記録にも社会貢献にも限りがない。

 日本では、一九八〇年代まで、大学の目的は、研究と教育に限られていたが、欧米では十九世紀に入ると第三の目的として「社会貢献」が当然のように含まれていた。

 つまり、大学の人づくりは、社会に有為な人材の供給であるばかりか、その研究そのものからして社会に貢献すべきものであることが当然視されていたわけである。

 当節流行している自治体等との協力・交流協定等は、その端的な現れといってよい。研究・教育・社会貢献の「さらに向こうへ」あるものが、広義の「ベター・ワールド」であることはいうまでもない。

 では、学校スポーツやクラブ活動はどうか。いずれも学校教育の一端であることは明白である以上、特別な説明を加える必要は少ないが、学生たちの自立的な活動であることからすれば、若干の補足をする意味はあろう。

 北関東の広大な天地を棲家(すみか)とする坂東武士たちの活躍は、司馬遼太郎によれば、それまでの日本人社会を一変させるものであった。すなわち、実力主義社会の出現である。

 近代オリンピックの創始者クーベルタンは、社会を変革するためには教育の中にスポーツを持ち込まなければいけないと主張し、「古代オリンピック休戦」やスポーツに内在する「フェアプレーの精神」に依拠して、オリンピックを平和運動として推進した。

 彼の有名な「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」というスローガンは、スポーツが優れた教育であることを端的に示している。

 大学教育は、ややもすると、世の中をあれこれ解釈することには長(た)けているが、よいことであっても自分では動かない人間をつくりかねない。

 そのため、フェアプレーを核とする近代スポーツは、行動する人間の養成にとってはもっと重視されてよい。

 短絡と見られかねないが、英米のアングロ・サクソン系の社会では、いわゆる「リベラル・アーツ教育」が重視されているのはそのためではないか。リベラル・アーツ教育は、「大局観」と「行動力」を育成するものだからである。

 世は国際化の時代である。栃木に住もうと、世界を知る必要がある。また、学生の大半は良識ある社会人として、世のため人のために汗を流し、涙を流す人間性豊かな人間として育ってほしい。

 とすれば、大学の「もっと向こうに」あるものを知るためには、平凡なようだが、クーベルタンの言葉も再三、再四噛(か)みしめる必要がありそうだ。 

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報