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【東京】

陸奥宗光の旧邸に説明板 根岸の街歩きの名所に

「地域の歴史や文化を知ってほしい」と話す金森さん=台東区で

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 明治時代に外相を務めた陸奥宗光(一八四四〜九七年)が暮らしたことのある台東区根岸の洋館前に、郷土史を研究する住民グループが説明板を立てた。歴史上の人物が住んだ貴重な建物だが、その経緯は地元でもあまり知られていない。メンバーは「街歩きの名所にしたい」と話している。 (石原真樹)

 静かな住宅街の中でひときわ目立つ「白い家」。木造二階建てで、板張りの外壁が特徴的なコロニアル様式。南向きの正面に大きなガラス窓がある。屋内にある階段の親柱に陸奥家の家紋が彫られている。

 だが、今も人が住んでいる私有地のため、立ち入ることはできず、地元でもほとんどの人は詳しいことを知らない。

 看板は先月、正岡子規ら多くの文学者が暮らした根岸の歴史や文化を研究する「根岸子規会」が立てた。八万円の費用は、講演会で募った寄付金でまかなった。看板設置に向けて、メンバーは国立国会図書館などで、陸奥に関係した書簡や当時の新聞を調べた。

 西南戦争の際に反政府的な行動を取ったとして禁錮刑を受けた陸奥は一八八三年に出獄後、この邸宅を購入した。欧州留学中は家族を残し、帰国後も八七年まで暮らした。ただ、なぜ陸奥がこの場所を住まいに選んだのか、誰によって建てられたか、などは分からなかった。

 二〇一一年に神奈川大学工学部の内田青蔵教授(建築史)に視察してもらったところ、正面のガラス窓は後になって取り付けられたもので、ベランダだった可能性があることが分かった。内田教授は「当時の上流階級の住まいを伝える貴重な建築」と評価している。

 邸宅は一九〇七年ごろ、出版業者に買い取られた。和紙に日本の昔話などを刷り、布のような風合いを持つことから「ちりめん本」と呼ばれた絵本を考案した長谷川武次郎(一八五三〜一九三六年)だ。ちりめん本は英、仏、独語などに翻訳され日本土産として人気を集めた。建物は昭和三十年代まで製造工場として使われた。現在は、長谷川の子孫が暮らしている。

 根岸子規会の金森利行副会長(70)は「知識があって散策すれば、街の深みが分かる。地域の人が街に愛着を持つきっかけにもなれば」と話している。邸宅は根岸三の七の一五。JR鶯谷駅から徒歩五分。見学は外部からのみ。

 

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