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【東京】

<マンガ家たちの東京物語> (2)手塚治虫(鬼子母神前)

豊島区雑司が谷の雑司ケ谷鬼子母神堂(中野さん撮影)

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 豊島区の都電荒川線鬼子母神前の停車場から北西に歩くと、石畳の両側にケヤキ並木が続く雑司ケ谷鬼子母神堂の参道がある。その横道を入ったところに、並木ハウスというレトロなアパートが今も立っている。マンガの神様といわれる手塚治虫が一九五四年から二年半にわたって暮らした場所である(非公開)。

 大阪の出版社で医学生マンガ家として注目された手塚は、医師国家試験にパスした後、五二年に上京。活躍の場を東京の雑誌に移し、超売れっ子に。五四年三月の関西長者番付では画家の部でトップになり、週刊誌にも取り上げられた。

 住んでいた豊島区椎名町(現・南長崎)のトキワ荘まで取材に訪れた記者が、四畳半の殺風景な部屋をあきれたように見回したので引っ越しを決めた、と手塚は書いている。そのせいか、並木ハウスにはオーディオセットやアップライトピアノをどんと据え、高級応接セットまで購入した。

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 しかし、ソファには原稿待ちの編集者が居座り、部屋には藤子不二雄(A)たち若手マンガ家が仕事を手伝いに来て、ピアノの上は彼らが食べた出前の皿や丼などの置き場となりはてた。手塚はこの部屋で「火の鳥」や「リボンの騎士」「ケン一探偵長」、「ライオンブックス」シリーズなどの名作を次々に描いたのだ。

 そのまま鬼子母神堂まで歩く。鬼子母神は幼児を食べる悪い神だったが、釈迦(しゃか)が改心させて、母と子を守る神となった。手塚の代表作「ブラック・ジャック」にこれをモチーフにした作があることを思い出した。(敬称略、中野晴行=マンガ研究家) =随時掲載

<手塚治虫(1928〜89年)> 大阪府豊中市出身。戦後ストーリーマンガとテレビアニメの牽引(けんいん)車として活躍。代表作に「鉄腕アトム」「ブッダ」「三つ目がとおる」「陽(ひ)だまりの樹」など。

<なかの・はるゆき> 1954年生まれ、大阪府出身。漫画の研究、編集などを手掛ける。京都精華大客員教授。

 

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