東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 東京 > 記事一覧 > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【東京】

<東京人>高架下の誘惑 風景に溶け込むラーメン

ラーメン高架橋の東京上野間高架橋。上野−御徒町駅間は戦後、アメ横の商店街として発展した

写真

 東京は、明治時代から路面電車以外は高架鉄道として建設することが大原則でした。東京駅のやや北側から新橋駅の南の先まで続く赤れんがアーチの高架橋(新永間市街線高架橋)は、東京駅開業に先立つ一九〇九(明治四十二)年、ベルリンの都市鉄道をモデルとして完成しました。この明治生まれの高架橋は、関東大震災や東京大空襲などの災厄をくぐり抜け、百年以上を経た今も現役で東京の鉄道輸送を支えています。

 鉄道高架橋とひと口に言っても、詳しく見るとアーチ高架橋、桁式高架橋、ラーメン高架橋などさまざまな種類があります。なかでも日本の鉄道高架橋は、耐震性に優れ、内部の空間を店舗などに有効利用できるラーメン高架橋が発達しました。

 今月号の執筆者の一人、小野田滋さんは次のように指摘します。

 「ラーメンと言っても、食べるラーメンではありません。ラーメンはドイツ語で『フレーム』『枠』『額縁』などを表す単語で、このフレーム構造を利用した高架橋をラーメン高架橋と呼び、食べるラーメンとはまったく関係がない土木・建築業界の専門用語です。そして上野のアメ横(東京上野間高架橋)に代表されるラーメン高架橋は、東京の日常風景にすっかり溶け込みました。日本人のラーメン好きは、食べ物だけではありませんでした」

 鉄道高架下を歩きながら、東京の鉄道高架橋の歴史に触れてみてください。(「東京人」副編集長・田中紀子)

   ◇

 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部から、原則毎週日曜日に都内各地の情報をお届けします。

◆詳しくは、「東京人」11月号23ページ「鉄道都市東京は、高架橋の野外博物館! 小野田滋」で。

 【11月号主な内容】電車の音が心地よく響く大衆居酒屋をめぐる 橋本健二▽失われゆく昭和の横丁 フリート横田▽鉄道遺産「幻夢」 丸田祥三▽高架下ビジネスの新展開 大坂直樹 問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報



ピックアップ
Recommended by