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【東京】

<東京人>高架下の誘惑 赤煉瓦アーチ橋に秘話

「紅梅河岸高架橋」を中央線が走る(奥下)。手前は「神田川橋梁」を渡る総武線

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 中央線御茶ノ水−神田間の高架線路の下に特異な歴史を秘めながら目立たない建造物があります。古びた赤れんが製アーチが四つ続く「紅梅河岸高架橋」です。高架橋といっても一般の橋のイメージとは異なるどっしりしたれんが建造物で、一九〇八(明治四十一)年に造られました。今も中央線電車が走っています。

 現在は「CaveBar紅梅河岸」など四軒の飲食店が高架下に入っています。その前は主に倉庫として使われていました。バナナを貯蔵する室(むろ)だったこともあります。

 二三(大正十二)年の関東大震災では一帯が焼け野原になりましたが、紅梅河岸高架橋は無事でした。この高架下に置かれていたおかげで焼けなかったものがあります。アート・ダイムラーという名のレーシングカーです。

 高架下はアート商会という自動車修理会社の小工場となっていて、後にホンダの創始者となる本田宗一郎が、この車の整備に加わっていました。宗一郎はまだ十六歳の工場従業員でしたが、すでに頭角を現していたのです。

 この高架橋はそもそも、中央線の昌平(しょうへい)橋駅として造られました。当時の電車は一両編成程度なので、橋上に短いホームが一つ置かれただけのものです。一二(明治四十五)年に近くに万世橋駅ができて、昌平橋駅は廃止となります。

 昌平橋駅は一四(大正三)年完成の東京駅赤れんが駅舎より古く、東京周辺の赤れんが高架橋上にできた駅としては最古。紅梅河岸高架橋は、昌平橋駅の存在を今に伝える都内屈指の鉄道遺産です。 (内田宗治)

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 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部から、原則毎週日曜日に都内各地の情報をお届けします。

◆詳しくは、「東京人」11月号58ページ「東京最古の煉瓦(れんが)アーチ『駅』物語 内田宗治」で。

 【11月号主な内容】鉄道都市東京は、高架橋の野外博物館! 小野田滋▽電車の音が心地よく響く大衆居酒屋をめぐる 橋本健二▽記憶をつなぐ小旅行 クラウド・ルー▽鉄道遺産「幻夢」 丸田祥三▽鋼製橋脚図鑑 磯部祥行

 問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

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