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【東京】

広群鶴の歴史ひもとく 9代続いた石工名人 谷中で19日まで

広群鶴の代表作のリストや、一家の写真を展示した資料展会場=台東区で

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 台東区谷中で江戸時代から昭和まで、襲名を繰り返し九代続いた石工の名人、広群鶴(こうぐんかく)の業績をまとめた資料展が、谷中三の古書店「オールドスクール」で十九日まで開かれている。谷中に住み、広群鶴を長年調査研究してきた郷土史家加藤勝丕(かつひろ)さん(87)の集大成となる展示だ。

 加藤さんは、谷中石碑研究会の代表。これまで確認した歴代の広群鶴が手掛けた石碑は三百九十七基にのぼる。今回は、このうち、「赤穂四十七烈士碑」(港区・泉岳寺)、「東河伊能先生(伊能忠敬)之碑」(台東区・源空寺)、「松尾芭蕉の碑」(荒川区・素盞雄(すさのお)神社)など代表的な二十二基のリストを掲示。一九二五(大正十四)年に撮影された八代目一家の写真を飾り、加藤さんの調査結果を特集した冊子などを置いた。

 加藤さんの調べによると、初代広群鶴が谷中で石屋を始めたのは一七七二(明和九)年。寛政年間(一七八九〜一八〇一年)から「江戸随一」と名をはせていたという。石屋の屋号は「群鶴」で、御碑銘(おひめい)彫刻師としての号は「広群鶴」、本名は「広瀬群鶴」だった。

 その後、明治、大正、昭和と、技術と名前を弟子らに継承し、一九五三(昭和二十八)年に九代目が亡くなったのを機に廃業した。

 資料展は、午後一〜五時。入場無料。 (井上幸一)

 

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