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【東京】

大山街道と渋谷駅変遷 区内で特別展 9日講演

大山街道を走った路面電車の写真などを紹介する特別展=渋谷区で

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 渋谷区郷土博物館・文学館(東4)で、特別展「渋谷駅の形成と大山街道」が開かれている。渋谷駅が大規模なターミナル駅に発展する背景に、道玄坂と宮益坂を結ぶ「大山街道」の存在があったことを鉄道の歴史を振り返りながら紹介している。 (神谷円香)

 大山街道は江戸時代、神奈川県伊勢原市の大山にある阿夫利(あふり)神社参拝に使われた街道全般を指す。渋谷周辺で残るのは、現在の宮益坂上交差点から坂を下り、渋谷駅前を通って国道246号にぶつかる道玄坂上交差点まで。地下には東京メトロ半蔵門線と東急田園都市線が通る。

 当時は日本鉄道だった山手線の前身が開通し、渋谷駅が誕生したのは一八八五(明治十八)年。当時の駅は現在の山手線ホームから約三百メートル南の埼京線ホーム付近にあり、周りは畑だった。一方、一九〇七年に開通した玉川電気鉄道、一一年開通の東京市電はともに道玄坂下から発着し大山街道沿いを走った。

 二〇年に山手線の駅も道玄坂方面に移って高架化し、玉電、市電が高架下を走るように。乗り換えが便利になったことで、ターミナル駅として栄えていく。

 道玄坂下には玉電が運ぶ砂利の集積場があり、玉電から市電に引き込む貨物専用線があった。担当学芸員の田原光泰さんは「関東大震災からの復旧に役立ったそうです」と説く。

 駅前が栄えるにつれ、大山街道は存在が薄くなっていく。六四年の東京五輪前には玉川通りなどバイパスの幹線道路ができ、六九年には駅前を通る路面電車がすべて廃止に。だが、七七年に新玉川線(現田園都市線)、翌七八年に半蔵門線が開通し、大山街道は地下で再び人の流れを作った。

 特別展は来年一月二十一日まで。入館料一般百円。月曜と二十九日〜一月三日、同九日は休館(同八日は開館)。十二月九日午後二〜四時には、昭和三十年代の渋谷駅周辺再開発を学芸員が解説する講演会がある。申し込みは同館=電03(3486)2791=へ。

 

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