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【東京】

<スナック再考>(中)紅花(べにばな)(西新宿) 望郷の念 受け止めて

山形県出身の文子ママ。店は西新宿の歩みとともに40年の歴史を刻んできた

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 あふれかえる人波の中、歌舞伎町から大ガードをくぐり新宿駅の西側へ出る。歩いている青梅街道は、新宿副都心の周縁にあたる。

 超高層ビルの列を背に、路地に入ると深い闇を感じた。日蓮宗の名刹(めいさつ)・常円寺の広大な墓地。辺りは年季を感じさせる雑居ビルが立ち並ぶ。そんな時が止まったような一角に、目指す店の看板が見えた。

 「入ってけらっしぁい(いらっしゃい)」

 扉を開けると、明るい声で出迎えられた。ママの文子(あやこ)さんは山形県尾花沢市の出身。西新宿に店を構えて四十周年を迎えた昨年は、京王プラザホテルで、常連客が盛大な祝賀パーティーを開いてくれたという。

 花がさの飾られた店内で、郷土料理の芋煮をつつきながら、文子さんの話に耳を傾ける。

 学校を卒業して地元の売店に勤めていたが、あるとき「ホステス募集中」の新聞広告が目に留まった。場所は銀座のクラブだ。そのころ、高峰秀子主演の名作映画をリメークした人気ドラマ「女が階段を上(あが)る時」を見て、華やかな銀座のマダムに憧れていた。家族の反対を押し切り、夜行列車に飛び乗った。

 銀座で働くうち、自分の店を持ちたくなった。夢を果たしたのは一九七七年、副都心建設で働く人たちが集まっていた西新宿を独立の場所に選んだ。店名は山形県の県花にちなんだ。

 最初の店は、今と五百メートルほど離れていた。青梅街道が、ゆるやかな起伏になっている通称・成子坂の近く。住宅街の一角が飲食店の密集地になっていた。文子さんは、当時の異様な活気が忘れられない。

 「建設作業員や自営業の社長さん。通りは酔っぱらいばかり。『けもの道』でしたよ」

 歌舞伎町で飲んでから流れてくる客が多かったから、当時は午前一時に開店して昼近くまで営業していた。「入れ歯や靴を忘れて帰る客、メガネがないと騒ぐ客、勘定を踏み倒す客を裸同然にして追い出したこともあったわね。面白かった」

 再開発で立ち退きを強いられ、常連客から惜しまれながら二〇〇七年に移転した。今は店の雰囲気も落ち着いてきた。メーカー、金融、商社関係のビジネスマン、公務員ら西新宿で働く人たちが集まっては、とりとめのない会話を交わし、かっぽう着姿の文子さんに「ありがどさま〜」と見送られて帰途に就く。そんな変わらないお国言葉の接客が、同郷の山形出身者ばかりでなく、故郷と離れて暮らす東京のサラリーマンの心を温める。 (梅村武史)

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<紅花> 新宿区西新宿7−12−12。営業は午後8時〜午前2時。定休日は日曜。電03(3361)9219。

<地方とスナック> 幅広い分野の第一線の学者たちで結成した「スナック研究会」は、スナックの地域的分布について調査した。都道府県で人口あたりのスナック数が最も多いのは宮崎県。2位は青森、3位は沖縄、4位が長崎、5位は高知県−と続いた。

 市区町村別(政令市の行政区を含む)では、京都市東山区がトップ。2位は名古屋市中区、3位は大阪市中央区と、巨大歓楽街を抱える都会の街が上位を占めたものの、高知県奈半利町(5位)、沖縄県北大東村(8位)、北海道岩内町(11位)など規模の小さな自治体も目立つ。

 地方にスナックが多い理由について、研究会メンバーの荒井紀一郎・首都大学東京准教授(政治学)は「公民館、図書館などが少ない地方都市では、スナックが『社交場』として大きな役割を果たしているため」と分析している。

 

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