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【東京】

高倉大根 種をつなごう 八王子の生産者ら普及目指す

すだれ干しにした高倉大根を前にする立川太三郎さん。後方は福島秀史さん=八王子市で

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 織物の街・八王子市で「たくあん」などになって職人らの食卓に上がってきた高倉大根。食生活の変化で消費が減少し、二〇一六年までに市内の生産者は一軒だけになっていたが、大正時代から種を受け継いできた伝統野菜を復活させようとする動きが広がりつつある。(萩原誠)

 同市石川町の唯一の生産者立川太三郎さん(77)宅で昨年十二月、高倉大根の見学ツアーがあった。約十本ずつすだれ干しにした大根を前に、立川さんが「寒風にさらすことでうま味が増す」と説明。参加者は最近ではあまりお目にかかれない光景に、興味津々で写真を撮るなどしていた。

 朝になると干し、夜は凍結を防ぐために干し台から下ろして毛布でくるみ寝かせる重労働。収穫した百本中、数本は植え直して種を取るなどの手間もかかる。それでも立川さんは「おいしいと求めてくれるお客さんと、自分で漬ける分を」と、生産を続けてきた。

 こうした立川さんの姿勢に、親類で広告業を営む福島秀史さん(52)が感銘を受けた。高倉大根など伝統野菜を広めるため「多摩・八王子江戸東京野菜研究会」をつくり、一四年から見学ツアーなど普及に努める。昨年から畑を借りて自ら生産にも乗り出した。

 高倉大根の料理を提供する飲食店も。居酒屋「けいの家」(八王子市明神町)は一四年から冬限定のメニューを出している。経営者の北沢秀彦さん(40)は「そのまま焼くなどシンプルに食べていただくのが一番おいしい。お客さんの反応もいい」と話す。

 福島さんは今後、食品加工業者と、たくあんのほか、切り干し、ジェラートなどの新たな加工品も検討する。二〇年東京五輪は、伝統野菜を世界に広めるチャンスととらえ、誕生から百年もの間、種を守ってきた歴史を地道に伝えていくつもりだ。

 福島さんの取り組みに立川さんは「本当に助かる」と感謝。「工夫しながら汗をかいてきた人がいるから今、種が残っている」と話す福島さんは「私たちがやめたらなくなってしまう。これまでの物語と種を次世代につなげたい」と決意している。

 <高倉大根> 大正時代に複数の品種を自然交配させて生まれた。葉の先から根の先まで約1メートル。白い根の部分は細長い。病気に強く、1930〜40年ごろをピークに八王子市高倉町付近で多く生産された。すだれ干しの光景は、21世紀の八王子にふさわしい景観「八王子八十八景」にも選ばれた。

 

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