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【東京】

仏文学者・鈴木信太郎 東池袋に記念館 空襲から蔵書守った書斎

城北大空襲から焼け残った書斎。鈴木信太郎がデザインしたテーブルやステンドグラスを設けたこだわりの空間だ=豊島区の鈴木信太郎記念館で

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 フランス文学者、鈴木信太郎(1895〜1970年)の旧宅を改修した豊島区立鈴木信太郎記念館が同区東池袋5にオープンした。太平洋戦争末期の城北大空襲(1945年4月13日)から貴重な蔵書を守った、28年建築の鉄筋コンクリート造の書斎棟が見どころだ。 (増井のぞみ)

 東京メトロ丸ノ内線新大塚駅から徒歩約三分。大谷石の擁壁に囲まれた敷地の階段を上ると、全三棟の邸宅を改修した記念館がある。書斎棟、戦後増築した茶の間・ホール棟、明治二十年代建築で戦後、埼玉県春日部市の本家から移築した座敷棟からなり、区有形文化財に指定されている。区は二〇一〇年に旧宅の寄贈を受け、約一億八千万円で改修した。

 信太郎は、神田区(現千代田区)の米穀問屋生まれ。フランス近代の詩人ステファヌ・マラルメの研究のため私費留学生として渡仏後、母校の東大文学部教授を務めた。現地から日本へ送った本約千冊が船火事で焼失、落胆したのを機に、昭和初期の個人宅では珍しい鉄筋コンクリート造の書斎棟を建てた。

 空襲では、木造家屋と書斎棟二階が全焼したが、鉄扉とシャッターで閉ざされた一階は残った。次男の道彦さん(88)=小金井市=と二歳上の兄がスコップで土を掘って床下から書斎棟へ入り、中からシャッターを開けて「本は大丈夫だったよ」、と伝えると、信太郎は顔をくしゃくしゃにして喜んだという。

 記念館書斎には、信太郎が翻訳したマラルメの詩「半獣神の午後」などを展示し、半年に一回入れ替える。室内は信太郎がデザインしたステンドグラスや机を備え、高級なチーク材を多用している。道彦さんは「書斎は研究に必要な本を守っただけでなく、信太郎が文芸評論家の小林秀雄や詩人の三好達治ら後進を育てた場所」と話す。

 開館は午前九時〜午後四時半。入場無料。月曜、第三日曜、祝日、年末年始は休館。問い合わせは同記念館=電03(5950)1737=へ。

 

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