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【東京】

歩いて歴史を学ぶ 旧日本軍飛行場→米軍基地→昭和記念公園

砂川闘争など基地の歴史を語る福島京子さん。奥に基地時代の煙突が見える=昭島市で

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 旧日本軍の立川飛行場から米軍基地となり、返還後、跡地につくられた国営昭和記念公園(立川市、昭島市)の歴史を学ぶフィールドワークが十九日に開かれる。戦前、戦後の基地の地図や写真を見ながら園内を歩き、米軍基地の滑走路拡張計画を砂川町(現立川市)の住民らが阻止した「砂川闘争」などについて話を聞く。 (服部展和)

 砂川闘争の資料を展示する「砂川平和ひろば」主宰の福島京子さん(68)ら市民有志による実行委員会が企画した。フィールドワークは一九五五年五月に砂川闘争が始まったことにちなんで二〇一六年から毎年開いており、三回目となる。

 立川飛行場は一九二一年、岐阜県から日本軍の部隊が移駐したのが始まり。東京飛行場(現羽田空港)の開港に伴って軍専用となり、関連施設が整備された。終戦で米軍に接収され、極東アジアの軍事拠点の一つとなった。

 住民らが接収から農地を守ろうとした砂川闘争は、米国が軍事介入した朝鮮戦争からベトナム戦争へと移行する時期に続いた。米軍が滑走路拡張を断念したのは六八年で、今年はそれから五十年にあたる。

 跡地は七七年に全面返還。現在は昭和記念公園や陸上自衛隊立川駐屯地などになっている。公園西側の環境保全用地には立ち入れないが、煙突や建物などかつての施設の一部が残されている。福島さんは「百年近く基地や駐屯地として利用されてきた地域の歴史を伝えたい。施設の遺構は、戦争による『負の遺産』として残すべきで、それを考えるきっかけにもしてほしい」と話す。

 当日は午前十時に昭和記念公園砂川口に集合、午後三時まで。基地の歴史に詳しい米レイクランド大日本校のアダム・トンプキンス准教授や市民団体「市民のひろば・憲法の会」代表の楢崎茂弥さん、福島さんらが解説する。参加費は資料代五百円と入園料。昼食持参。申し込み不要。問い合わせは砂川平和ひろば=電042(536)3167=へ。

 

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