東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 東京 > 記事一覧 > 6月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【東京】

空襲伝える5枚の説明板 都立武蔵野中央公園に設置

武蔵野中央公園に設置された空襲の説明板=武蔵野市で

写真

 武蔵野市の都立武蔵野中央公園(八幡町)の東側(緑町)に新たに拡張整備され、今月オープンした公園内に、太平洋戦争末期の米軍による武蔵野空襲を記録した説明板が五枚設置された。公園は戦時中、戦闘機のエンジンなどを生産していた中島飛行機武蔵製作所があった場所。戦争遺跡の保存を訴える市民グループの要望が実った。 (鈴木貴彦)

 説明板は高さ約一・五メートル、幅約一・二メートル。公園内の円形の広場を囲むように並んでいる。「ここは東洋一といわれた航空機エンジン工場=中島飛行機武蔵製作所の跡地で、マリアナ諸島からの日本本土空襲の最初の目標となった場所です」。説明板の一枚目にはこう表記され、工場の歴史や役割が詳しく書かれている。

 二枚目以降で、終戦直前まで計九回あった空襲の経緯や多くの市民が犠牲になった被害状況、米軍住宅として利用された戦後史などを紹介。武蔵野市上空で爆弾を投下する米軍爆撃機B29や空襲被害を撮影した航空写真も添えられている。

 今回オープンした公園の拡張部分は、戦後に建てられた都営武蔵野第二アパートの跡地。その管理事務所棟は武蔵製作所の変電室だった建物で、市民グループ「武蔵野の空襲と戦争遺跡を記録する会」が保存を求めて運動していた。しかし、二〇一五年に取り壊されたため、同会は都や武蔵野市に説明板の設置を求めていた。説明板の傍らには、公園整備時に発掘された工場の鉄筋コンクリート製地下道の床の一部も展示されている。

 同会副代表で法政大学中学高等学校教諭の牛田守彦さんは「ここは米軍の爆撃照準点だった場所でもあり、説明板の設置はとても意義深い。大型で五枚もあり、戦争を記録する取り組みとして評価できると思う」と話している。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報