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【東京】

<東京人>没後70年 太宰治 創作の地・三鷹で「桜桃忌」

禅林寺にある太宰治の墓。いつも新しい花が手向けられている=三鷹市で

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 六月十九日は「桜桃忌(おうとうき)」。ちょうど七十年前の一九四八年のこの日、愛人・山崎富栄と玉川上水に入水した太宰の遺体が発見されました。三鷹・禅林寺にある墓は、今年も多くのファンと花で埋めつくされるでしょう。

 東京帝国大学に合格した太宰は、一九三〇年秋に故郷の青森県津軽より上京して来ます。最初の下宿は、現在の高田馬場駅の近くにありましたが、以後、ひんぱんに転居をくり返します。青森時代より左翼運動に身を投じ、東京での下宿が共産党シンパ活動のアジトに使われたため、官憲につけ狙われたのです。

 「東京八景」は、そんな落ちつかない放浪生活を、印象的な八つの景色で回想する作品です。戸塚、神田、柏木、八丁堀等々と続き、最後に置かれたのが「武蔵野の夕陽(ゆうひ)」でした。一九三九年、三鷹の新築まもない借家に妻・美知子と居を構えます。昭和初期の三鷹は東京市外で、まだ畑と雑木林の広がる田舎のような町でした。ここから太宰の生活も創作活動も本格化します。

 駅前の飲み屋へ通い、隣町の吉祥寺まで散歩をし、知り合いの料理店の二階を仕事場として借りる日々。「走れメロス」「パンドラの匣」「ヴィヨンの妻」「斜陽」「人間失格」など、多くの代表作が三鷹時代に生まれています。

 三鷹には現在、「太宰治文学サロン」、古本カフェ「フォスフォレッセンス」など、太宰愛を満喫できるスポットがあります。三鷹を歩くことが太宰と歩くことになるのです。 (岡崎武志)

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 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部が、7月号の記事をもとに都内各地の情報をお届けします。問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

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