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【東京】

99歳 現役氷屋・豊島の外口志づさん スピード命、涼お届け

戦前から氷屋を営んできた外口さん親子。母親の外口志づさん(右)と息子の文祥さん=豊島区で

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 夏の暮らしに欠かせない氷。豊島区の外口志づさん(99)は、八十年近く氷屋を営んできて今も現役。記録的な猛暑で注文が増える中、「仕事は健康のもと」と氷の袋の口縛りや電話番に奮闘している。 (増井のぞみ)

 国重要文化財・雑司ケ谷鬼子母神堂の近くの明治通り沿い、一九三五(昭和十)年創業の「外口氷室(ひょうしつ)」(目白二)。長男で店主の文祥(のりよし)さん(75)が重さ百三十五キロの氷を載せた台車を、押したり引いたりして「キーン」と音を立てる電動のこぎりで素早く切り分けていく。妻の雅美さん(68)が重さ三・七五キロの四角い氷をアイスピックで砕いて「ぶっかき氷」を作り、袋に詰めて計量する。ここで志づさんの出番。いすに腰掛け、重さ一〜四キロのぶっかき氷の表面をならして平らにし、袋の口を二回、固く縛るのが仕事だ。午前中の二時間、三十〜四十袋を仕上げていく。九十歳まで電動のこぎりで氷を切っていたという。「グズグズやらないことですね」と氷屋のこつを口にする。

 志づさんは埼玉県飯能市生まれ。二十歳の時に七歳上の店主万吉さんに嫁いでから氷屋さん一筋で、一男三女を育てた。戦後に家庭に電気冷蔵庫が普及するまで、冷蔵庫は木製で上の段に氷を入れて冷やす仕組み。一九四五年五月の山の手空襲で店と家が焼かれた翌年、疎開先の千葉から一家が戻ると、住民の「氷屋さんが帰ってきて良かった」との言葉が励みになった。

 今は、バーや喫茶店などの飲食店や、盆踊りなどイベントをする団体が主な客だ。

 志づさんは九月十八日の誕生日で百歳になるが、ますます意気盛ん。「お客さんが喜んでくれるのはうれしい。できるうちは仕事をやりたい」とほほ笑んだ。

◆「氷屋純氷」ブランド化進める 氷屋さん事情

 都内の氷屋さんでつくる東京氷卸協同組合(千代田区)によると、組合員は1963年の1185人をピークに減り続け、今年7月現在は10分の1近い123人。電気冷蔵庫や自動製氷機の普及が主な原因だが、他店との差別化のため、氷屋さんの氷を置くバーが増えているという。

 氷屋さんの氷は、製氷工場で48時間以上かけてゆっくりと凍らせることで、不純物を追い出し、硬くて溶けにくくて透明になるという。「最後まで飲み物本来の味を楽しめる」と事務局の折橋宏さんは語る。

 氷屋さんの全国組織、全国氷雪販売業生活衛生同業組合連合会は昨夏から、氷屋さんの氷を「氷屋純氷(じゅんぴょう)」と銘打ち、ブランド化を進めている。

 

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