東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 東京 > 記事一覧 > 8月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【東京】

<ひと ゆめ みらい>強い地元愛で調布PR 「近藤勇と新選組の会」塚本信之さん(76)

西光寺境内にある近藤勇の座像の前で話す「近藤勇と新選組の会」事務局長の塚本信之さん=調布市で

写真

 幕末の京都で治安維持にあたった「新選組」局長の近藤勇が腕組みをし、鋭い眼光を放つ。その勇ましい座像の脇で、「彼は調布市の出身なんですよ」と誇らしげに語る。

 近藤は一八三四(天保五)年、現在の調布市野水一にあたる上石原村の農家に生まれた。座像がある西光寺は、甲府に出陣する際に立ち寄ったとされるゆかりの場所だ。

 「人物としては有名でも、故郷が調布だとは知られていないのではないか」。同郷の一人として疑問を抱くようになり、近藤の没後百二十年だった戊辰(つちのえたつ)の年の一九八八年、市内の有志らと会を立ち上げた。発足から今年で三十年を迎える。

 調布の名を広めようと熱心なのは地元愛が強いから。今でこそNHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の舞台として観光客を集めるが、当時はその前。すがったのが、全国に名前が通用する近藤だった。

 調布で生まれ育ち、新宿まで通っていた高校時代、同級生に「調布って何県?」とからかわれた。大人になってからも「調布って田園調布でしょ」と何度も間違われた。その度にうつむいたが、「近藤勇の街」を発信している今は少し自信がついた。「もう府中の隣町なんて言わせない」

 地域のことを精いっぱいやろうと決意した出来事がある。二〇〇一年に完成させた近藤の座像を建てるため、寄付をお願いして地元を回った時だ。初対面の人に「おまえはどこのもんだ」と警戒されたが、土木業だった父の話をすると顔色が変わった。「父に世話になったと言われ、親戚のように迎え入れてくれた」

 以来、自分の行いがいつか同じ街で暮らす息子や娘のためにもなると考えるようになった。だからこそ中途半端では投げ出せない。

 調布飛行場周辺三町地域協議会の会長も務めている。一五年七月に小型機が墜落した住宅地は、クリーニング取次業を営む自宅に近い。「うちに落ちていたかもしれない」。当事者意識が強まったのに加え、被害者補償に後ろ向きな都の姿勢にも危機感を抱き、住民組織をつくり都と交渉を繰り返した。足かけ三年の成果と言える、都の新たな補償制度が今月からスタートした。

 「おまえの父ちゃん、商売は下手くそだったけど、地域のことには一生懸命だったぞって言われるようにね」。この思いを原動力にきょうも街を奔走する。 (加藤健太)

<近藤勇と新選組の会> 調布市民を中心とした会員50人が、普及を主な目的に活動する。座像がある西光寺は京王線西調布駅から徒歩5分。毎年10月に寺で生誕祭を開くほか、近藤や新選組の史跡見学会も開催している。入会の申し込みや問い合わせは事務局=電042(483)6140=へ。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報