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【親子でぶらり 学べるスポット】

玉川上水取水口(東京都羽村市) 大事業に尽力した兄弟

多摩川の水は取水口の水門(手前が第二水門)から玉川上水を勢いよく流れていく=東京都羽村市で

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 江戸は18世紀初頭には人口100万人を超え、世界一の大都市になっていた。東京都羽村市の多摩川から水を取り入れ、飲み水を供給したのが玉川上水。江戸の発展を支えた。起点となった取水口が見たくなった。

 羽村堰(せき)では竹材で編んだ籠(かご)に石を詰めた蛇籠(じゃかご)や、材木を組み立てた枠など治水施設を川に設置し、水流を投渡(なげわたし)堰(出水時には横に並べた材木を取り払う仕組み)に誘導、取水口へと流した。取水口には水門が二つ設けられ、一の水門で水を取り入れ、二の水門で水量を調節した。

 いまはそれぞれ第一、第二水門と呼ばれる両水門をくぐった水は勢いよく流れていった。現在の堰や水門はコンクリートや鉄骨などで近代的な工事を施されているが、基本的な構造は当時と変わっていないという。

 上水の工事は町人の庄右衛門と清右衛門兄弟が6000両(一説には7500両)で幕府から請け負った。1653年4月に着工。8カ月をかけて四谷大木戸(新宿区)まで43キロを掘り上げた。標高差92メートルで、100メートルごとに21センチ下がる計算。勾配が緩いため高度な測量技術が必要だった。資金は高井戸(杉並区)辺りまでで不足し、兄弟は家を売って工面したと伝わる。

 大事業完遂の功で「玉川」と名乗った兄弟だが、実は出身地も定かではない。完成後は上水の管理業務に当たったが、孫子の代に職務不正・怠慢があったとかで罷免され、庄右衛門家にいたっては江戸所払(ところばらい)に。玉川兄弟家はその後どうなったのか。豊かな上水の流れを見つめていると、それが無性に気になった。 (小鷲正勝)

◆ひとこと

 羽村堰を望む休憩所近くに玉川兄弟像が立っている。堰の仕組みや玉川上水の歴史を学ぶには、対岸にある羽村市郷土博物館を訪れるのがお勧めだ。入館無料。

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 ★メモ 東京都羽村市玉川、JR羽村駅徒歩15分。海を埋め立てて拡張された江戸では、井戸を掘っても塩分があって飲料水には適さなかった。急速な発展により神田上水や溜池(ためいけ)上水ではまかなえなくなったため、多摩川から水を取り入れる構想が持ち上がり、玉川上水が築造された。羽村−四谷大木戸間は開渠(かいきょ)で、その先の市中には地中を通じ石樋(せきひ)や木樋(もくひ)で供給。多くの分水により武蔵野台地にも配水された。

●足を延ばせば…

 ★まいまいず井戸 羽村市五ノ神1の1の6、JR羽村駅東口徒歩2分。まいまいずはカタツムリのことで、井戸に向かって降りる通路の形がその殻に似ているため名付けられた。鎌倉時代に掘られたという。砂礫(されき)層地帯に設ける必要からこんな形態に。地表面で直径約16メートル、深さ約4.3メートルのくぼ地中央に掘り井戸がある。見学無料。(電)042・555・9667市観光協会

 ★羽村市動物公園 羽村市羽4122、JR羽村駅徒歩15分。羽村町当時の1978年、日本で初めて町営として開園した。園内のサバンナ園にはキリンやシマウマ、ダチョウなどが混合飼育されている。子ども(4歳以上)50円、大人(15歳以上)300円、65歳以上100円、4歳未満と75歳以上無料。原則月曜休園。(電)042・579・4041

 

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