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【国際】

イラン・イラク国境 M7.3 450人超死亡 7100人負傷

13日、イラン西部サルポレザハブで、生存者を捜索する住民や軍=ゲッティ・共同

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 【カイロ=奥田哲平】イランとイラクの国境地帯で十二日夜(日本時間十三日未明)に起きた地震で、イランのタスニム通信は十三日、死者が四百四十五人に、負傷者は七千百人に上ったと報道。イラク北部のクルド自治政府は、自治区のスレイマニヤ州で七人が死亡したとしており、両国合わせた死者は四百五十二人に達した。倒壊した建物の下敷きになった住民が多くいるとみられ、死傷者はさらに増える恐れがある。泥やれんがを積んだだけの伝統的な建築が被害拡大の要因とされる。

 米地質調査所によると、震源はイラク北東部ハラブジャから南へ三十二キロの山岳地帯で、マグニチュード(M)7・3、震源の深さは二三・二キロ。イランでは西部ケルマンシャー州サルポレザハブを中心に大きな被害が出た。

 イランには、日本の南海トラフ(溝状の地形)と同様に巨大地震を引き起こしやすいプレート境界が位置している。二〇〇三年十二月の南東部バムで起きたM6・3の地震では、約四万人が死亡したとされる。一三年四月には南東部のパキスタンとの国境付近でM7・8の地震が発生した。

 イラン国際地震工学・地震学研究所のファルーク・バルシ教授は「テヘランなどの都市部では耐震設計の建物が増えているが、地方まで行き届いていない」と指摘する。

 イラクのハラブジャ近郊の自動車整備士アムワン・ラシードさん(39)は電話取材に「こんな大きな地震は初めて。家の壁が揺れだしたので、あわてて外へ飛び出した。近くの四階建てのビルが大きな音を立てて完全に倒壊した」と語った。

13日、イラン西部サルポレザハブで、犠牲となった家族をしのぶハッサンさん=共同

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◆がれきの山「息子よ」号泣

 【サルポレザハブ=共同】「ああ、私の息子よ」。がれきの山を背に、黒のチャドル(コート)姿の年配の女性が地面にうずくまり、号泣していた。イラク国境付近で十二日夜に発生した地震で、被害が甚大だったイラン西部サルポレザハブ。被災規模は大きいが支援活動の兆しは見えず、住民は国際社会の支援を口々に求めた。

 乾いた青空の下、廃虚と化した家屋が並ぶ中心部。「この手で愛する家族の遺体を運び出し、埋葬してあげたんだ」。会社員のハッサンさん(38)が、涙で腫れた顔を両手で覆う。地震の発生直後、不安な気持ちに襲われ、自宅のある近郊の街から駆け付けたところ、実家が跡形もなく崩壊していた。「優しかった父も明るかった兄も、みんな奪われてしまった」

 街に通じる道路沿いには山崩れの痕跡が痛々しく残り、電気やガスなどのインフラは止まったまま。時折大地が震え、周囲の廃虚が音を立ててきしむ。「危ない」。前夜の恐怖がよみがえるのか、住民らは余震のたびにパニックに陥り、逃げ惑っていた。

 「運良く助かったが、家も車も全て失ってしまったよ」。がれきの中で約十分間生き埋めとなり、駆け付けた兵士らに救出された牧畜業のアンバルさん(45)は目を潤ませる。顔や足の出血は癒えないが、一緒に避難する家族の世話で今はそれどころではない。「何もかも足りていない。これからどうやって、しのいでいけばいいのか」と語った。

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