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【国際】

日本本土 核持ち込み探る 米、沖縄返還時に検討

1969年6月、マイヤー駐日米大使(左)を外務省で迎えた愛知揆一外相。沖縄返還合意時の首脳共同声明案を米側に提出していた

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 【ワシントン=共同】一九六九年の沖縄返還交渉の過程で、有事の際に日本本土へ核兵器を持ち込むことを日本側と合意できないか、米政府が内部で可能性を探っていたことが十九日、機密解除された米公文書で分かった。最終的には日本側に提示しなかったが、米軍統治下の沖縄で米軍が享受していた自由な基地使用権を、沖縄返還を契機に日本本土に拡大する思惑があったことが浮き彫りになった。

 沖縄返還では結局、日本復帰後の沖縄への核再持ち込みを認める密約が結ばれたことが分かっているが、米国立公文書館で今年九月に文書を入手した我部政明(がべまさあき)琉球大教授は「米側が当時、沖縄だけでなく日本本土への持ち込みも認めさせようと考えていた事実が判明するのは初めて」と指摘している。

 六九年六月二十六日付の国務省の極秘文書によると、同月初旬の日米外相会談で、同年十一月に見込まれていた沖縄返還合意時の日米首脳共同声明案を愛知揆一外相が提出したことを受け、米政府は対案を検討した。

 「米側の要望を全て盛り込んだ」声明案の中に、極東有事の際に日本全土への核持ち込みを認める条項を明記。同時にこの案を日本側が表だって受け入れる可能性は低いとみて、付属文書として秘密合意を作るという「日本がより受け入れやすい」別の案も用意した。

 秘密合意案は沖縄返還後に開かれる日米安全保障協議委員会の合意議事録の形式で、日本の外相が駐日米大使に対し、極東有事が起きた際は事前協議に「迅速かつ好意的に対応する」として、日本本土への核持ち込みも容認すると解釈できるやりとりを記していた。

 また朝鮮半島と台湾の有事の際、米軍が事前協議を行わずに在日米軍基地を使用することを認めるとしていた。

<沖縄返還> 1952年4月発効のサンフランシスコ講和条約で米軍統治下に入った沖縄は、72年5月に返還された。65年8月に佐藤栄作首相は、沖縄の本土復帰まで「戦後は終わらない」と宣言し、67年7月から返還交渉が本格化。沖縄から核兵器を撤去し、日米安全保障条約に基づく事前協議制度を適用する「核抜き本土並み」の条件で合意、69年11月に佐藤首相とニクソン米大統領が共同声明で沖縄の施政権返還を発表した。両首脳は有事に沖縄への核再持ち込みを認める極秘文書を交わしていた。 (共同)

 

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