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【国際】

「地域紛争へ関与望まぬ」 本紙にレバノン首相 ヒズボラけん制

22日、ベイルート市内の自宅で取材に応じるハリリ首相=奥田哲平撮影

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 【ベイルート=奥田哲平】自身への暗殺計画の存在をほのめかし辞意を表明していたレバノンのサード・ハリリ首相(47)は二十二日、ベイルートの自宅で本紙の取材に応じた。「レバノンはどこかの枢軸の一部ではない」と述べ、中東全域に波紋を広げるサウジアラビアとイランとの対立に巻き込まれることへの警戒感を強調した。

 レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの後ろ盾であるイランがシリアやイエメンの内戦への関与を深め、イエメンでは暫定政権と反政府勢力とによるサウジとイランとの「代理戦争」が続く。

 サウジ出身でスンニ派のハリリ氏は本紙に「レバノンは危険な状況に囲まれているが、地域紛争への関与は望まない」と言明。詳細な説明は避けたが、ヒズボラの動きをけん制する狙いがあるとみられる。

 レバノンのメディアによると、ハリリ氏はこの日、大統領宮殿で、親シリア派でヒズボラに近いアウン大統領に辞任届を提出。保留するよう要請された。

 その後、ハリリ氏は本紙に「私は楽観的だ。大統領は真剣な協議を約束した」と語っており、中東情勢を巡る懸念を大統領に直接伝え、前向きな回答を得たことをうかがわせた。

 今月四日に訪問先のサウジアラビアで突然辞意を表明したハリリ氏は、パリでマクロン仏大統領との会談を行った後、二十一日夜にレバノンへ帰国し、二十二日の独立記念日の式典に出席した。

<サード・ハリリ> 1970年、サウジアラビア生まれ。2005年に暗殺されたラフィク・ハリリ元レバノン首相の次男。米ジョージタウン大卒。父親が築いた建設会社に携わった後、05年からレバノンのイスラム教スンニ派政党「未来運動」党首。09年、首相就任。11年にヒズボラと対立し政権崩壊。16年12月、首相に復帰した。

 

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