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【国際】

英国会前に初の女性像 100年前、女性参政権に貢献

24日、ロンドンの国会議事堂前で、メイ首相(左端)らが参加して除幕されたフォーセットの銅像(手前)=阿部伸哉撮影

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 【ロンドン=阿部伸哉】英国で女性参政権が初めて認められた「国民代表法」制定から百周年を記念して、参政権運動の指導者だったミリセント・フォーセット(一八四七〜一九二九年)の銅像の除幕式が二十四日、ロンドンの英国会議事堂前の広場であった。第二次世界大戦時の首相だったチャーチルら男性十一人の銅像が広場に立つ中、初の女性像となった。

 銅像は、穏健派だった「女性参政権協会全国連合」会長となった五十歳のフォーセットを再現。「勇気は至るところに勇気を呼ぶ」との自身のスピーチの一部が記された幕を、大時計「ビッグ・ベン」のある議事堂に向けて掲げる。

 除幕式に参加した英国で二人目の女性首相メイ氏は「彼女がいなければ私がここに立つことはなかった」と演説。「平等への闘いには、勇気ある女性と男性が不正や差別に立ち上がることが必要だ」と強調した。

 英国では二十世紀初め、女性たちが投石や放火など過激な手段を使い、命を顧みずに選挙権を求めた「サフラジェット」運動があり、その情熱は世界中の女性運動に影響を与えた。

 一方、フォーセットはデモなど穏健な手法で参政権運動を展開。第一次世界大戦を経て、一九一八年三月、男性の多くが戦地で選挙権を行使できないことなどを背景に、財産や学歴などの条件付きで三十歳以上の女性の選挙権が英国で初めて認められるのに貢献した。二十一歳以上の被選挙権も認められた。二八年、選挙権の対象は二十一歳以上の全女性に拡大。男性に十年遅れて女性の普通選挙が実現した。現在の選挙権は十八歳以上。

 フォーセットの運動を支えた男女五十九人の写真も像の土台に埋め込まれている。制作した女性芸術家のジリアン・ウェアリングさんは「英国でも日本でもセクハラ問題が広がっているが、この像を通し、団結した声が世論を動かすというメッセージを送りたい」と本紙取材に答えた。

 像設置をロンドン市や国会議員に働き掛けてきた作家のキャロライン・ペレスさんは、英国にある女性の像は、大英帝国最盛期の女王といわれるビクトリア女王を除き「3%に満たない」と指摘。「女性は政治面でも文化面でも平等に扱われていない」と主張した。

国会内に展示されている銅像と空いたままの台座(手前下)=25日、嶋邦夫撮影

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◆日本の国会3体、いずれも男性

 日本の国会議事堂には、中央玄関を入った中央広間の三隅に、それぞれ政治家の銅像がある。日本の議会政治の基礎づくりに貢献した伊藤博文、板垣退助、大隈重信で、いずれも男性だ。一九三八年、大日本帝国憲法発布五十年を記念してつくられた。

 残る一つの隅には、銅像がない台座がある。四人目を人選できなかったとか、この三人に並ぶような偉大な政治家が現れるようにとの願いが込められているとも言われる。

 一八九〇年に初の衆院選が行われたが、投票できたのは直接国税十五円以上を納める満二十五歳以上の男性だけ。一九二五年に男性の納税要件は撤廃されたが女性参政権はまだだった。

 女性に参政権が与えられたのは、終戦の四五年。衆議院議員選挙法が改正され、翌四六年の衆院選で女性が初めて一票を投じた。この時は、三十九人の女性議員が誕生した。

 それでも、日本では女性議員はなかなか増えず、現在は衆院で約10%、参院でも約20%と、先進国で最低水準。国会や地方議会で女性議員を増やそうという声は高まっており、超党派による議員立法の「政治分野における男女共同参画推進法案」が、今国会で成立する見通しとなっている。 (関口克己)

 

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