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【国際】

四川大地震10年 黙殺された真相究明

四川省北川県にある大地震当時の建物を保存する地震遺跡。生々しい様子は見る者に強烈な印象を残す

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 八万七千人余りの死者・行方不明者を出した中国・四川大地震から十年が過ぎた。家屋とともに多くの校舎も崩壊、中にいた子供たちが犠牲となり「手抜き工事」が非難を浴びた。中国政府は今も真相究明を求める遺族の声に背を向け、責任はあいまいなままだ。 (四川省北川チャン族自治県で、浅井正智、写真も) 

 「ここで多くの人たちが亡くなったと思うと、悲しすぎて言葉が出ない」

 地震で倒壊した建物が保存されている北川県の地震遺跡で、重慶市から来た四十代の女性は絶句した。

 四川省で倒壊した学校は六千校以上。市民の独自調査によると、瞬間的に壊滅したと確認できた学校は二十校ほどだったが、学校全体での犠牲者の85%がそこに集中しているという。

 当初、多くの学校で手抜き工事の疑惑が報じられた。しかし批判が大きくなると、当局は市民の抗議活動やメディアの調査報道を抑え込む方向に転換。遺族たちは手抜き工事の責任者の処分を求めて裁判所に提訴を繰り返してきたが、すべて門前払いで裁判は一件も行われていない。

 「手抜き工事問題で政府に言いたいことはある。でも、もう言わない。提訴もしない。家族のため、幼い子供のためです」

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 倒壊した校舎の下敷きとなって十六歳の娘を失った男性(51)が絞り出したこの言葉ほど、遺族の苦悩を表現したものはない。

 震災後、中国政府は当時の一人っ子政策の例外として第二子の出産を認めた。男性も女の子に恵まれた。現在七歳で小学校に通う。

 中国メディアによると、こうした第二子は三千五百人余りいる。「子供の誕生は、遺族の家庭に新しい生命とともに心の癒やしをもたらした」(四川大学華西第二病院の劉瀚旻(りゅうかんびん)院長)のは事実としても、今、新たな悩みの種になっている。

 子供は最年長でも九〜八歳で、両親はすでに五十歳前後になる。被災地は山間部で、両親はほそぼそと農業を営む。「娘を成人まで育てられるのか。責任追及以上にやらなければならないことがある」

 政府が当初約束していた第二子の教育費、医療費の無償化は実現していない。四川省人民代表大会は三月、子供を失った両親に毎月二百元(約三千五百円)を支給する支援策の廃止を決定している。

「何十年かかっても公正な解決を求めていく」と話す譚作人さん

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 一方、当局の締め付けはさらに厳しくなっている。男性をはじめ手抜き工事問題を追及してきた遺族は、当局に行動を監視され、電話も盗聴されている。今回、ほかにも六人の遺族に取材を申し込んだが「話すことはない」と断られた。

 遺族たちを支援してきた環境保護活動家の譚作人(たんさくじん)さん(63)は「遺族が集団行動を起こすと政府に弾圧の口実を与え、要求実現がかえって遠のいてしまう」と活動の難しさを訴える。

 譚さん自身、国家政権転覆扇動の疑いで逮捕され、五年間服役。二〇一四年二月に出所した後は毎年、政府に手抜き工事の再調査を求める意見書を送り続ける。

 「何十年かかっても理性的、合法的な方法で公正な解決を求めていく。それをやらなければ犠牲者に顔向けできない」。今のところ政府から反応はない。

<四川大地震> 2008年5月12日午後2時半ごろ、中国四川省〓川(ぶんせん)県を震源地とするマグニチュード(M)8・0の地震が起き、日本国土の約1・3倍にあたる約50万平方キロが被災した。死者約6万9200人、行方不明者約1万8000人。中国政府は省全体で約1兆7千億元(約30兆円)を投入し、インフラなどを復旧。12年2月に「復興完了」を宣言した。

※〓はさんずいに文

 

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