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【国際】

IS系との戦闘から1年 戒厳令続く比ミンダナオ島 23万人避難中、復興遠く

6日、フィリピン南部マラウイで、崩壊した自宅前に立つサイダ・アスムさん(本人提供)

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 フィリピン南部ミンダナオ島のマラウイで、政府とイスラム過激派の戦闘が起きてから二十三日で一年になる。「戦闘終結」が宣言されたものの、テロの恐れから戒厳令が続いている。住民は戻り始めたが、破壊された町の復興は先が見えない。(バンコク支局・北川成史)

 マラウイでは昨年五月二十三日、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓う「マウテ・グループ」が市庁舎を占拠。政府は令状なしで拘束できる戒厳令を発したほか、空爆を含む掃討作戦を開始した。

 昨年十月に政府が戦闘終結宣言するまでに千人以上が死亡し、住民約三十六万人が避難。同年末までとされていた戒厳令は今年末まで延長された。

 政府は四月、復興費用は少なくとも七百二十億ペソ(千五百億円)に膨らむとの見方を示した。復興は中国とフィリピンの企業の共同体が関わり、四年後の二〇二二年の完了を目指す。

 ただ、戦闘の中心地では住居の損壊が激しく、爆発物も残されている。今も約二十三万人が避難中で約百人が行方不明とされる。

 「テロの脅威は消えておらず、住民は離散している。復興には十年かかる」。政治アナリストのラモン・カシプル氏の見通しは厳しい。マウテ・グループのメンバーは半数の百人以上が逮捕されていないという。

 「大きな問題は失業と貧困だ」と、テロの背景にあるマウテ地域の経済環境改善を急ぐよう主張した。

◆避難民 癒えぬ心の傷

 「全て焼け、何一つ残っていなかった。声を上げて泣いた」。避難生活中の女性サリマ・アムパソさん(29)は、五月上旬に許可を得て、マラウイにあった自宅を訪れた時の落胆を本紙の電話取材に語った。

 父母と八人のきょうだい、七歳の息子と中心部にある平屋に住んでいたアムパソさんは戦闘開始の四日後、近郊の避難所に逃れた。持ち出せたのは服と宝石ぐらい。屋台の売り子の収入がなくなり避難中に宝石は質に入れた。息子は学校に通えない。政府の指示で今月中に避難所を出るが被災者住宅の完成までテント暮らしを強いられる。

 今月中旬、イスラム教のラマダン(断食月)が始まった。宗教心の高まりからテロが増える傾向とみられており、アムパソさんは「ラマダンに過激派が再攻撃するとのうわさがある」と不安を口にした。

 サイダ・アスムさん(59)は避難生活中の二月、金物店主の夫を心臓発作で亡くした。夫は「店を再開する金がない」と悩んでいた。援助物資に頼るアスムさんは「戦闘は終わったが、飢えとの闘いが続いている。政府は金銭的な支援をしてほしい」と訴える。

 赤十字国際委員会(ICRC)フィリピン代表部のアリソン・ロペス氏は「収入の機会を与える取り組みは必要分を満たせず、避難民は復興計画を十分に知らない。心の傷も残っている」と課題を指摘した。

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