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【国際】

米中枢同時テロ17年 消防士ら病と苦闘 現場で有害物質吸引

4日、米ニューヨークで、救急隊員として現場に駆けつけたゲイリー・スマイリーさん。背景には再建された世界貿易センタービルがそびえ立つ

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 【ニューヨーク=赤川肇】二〇〇一年九月の米中枢同時テロから十一日で十七年を迎えた。旅客機の衝突で倒壊したニューヨークの旧世界貿易センタービル周辺は再開発が進み、テロの記憶が薄れる一方、現場で有害物質を吸うなどした消防士らががんなどを発症したり、亡くなったりするケースが後を絶たない。惨事は今も続いている。

 ニューヨーク市消防局の「記念壁」に六日、十八人の名札が加わった。この一年間に9・11の関連疾病で亡くなった消防職員らだ。追悼式典で遺族らがバラの花を手向けた後、凸版の名札に触れたり、白い紙の上から炭でこすって名前を印刷したりしていた。

 これで消防職員の関連死は百七十七人となった。現場で殉職した三百四十三人と合わせ、9・11の犠牲は計五百二十人に増えた。

 ロバート・ティラーシオさん(28)は昨年十月、消防隊員の父を亡くした。二〇一五年春に脳腫瘍が見つかり、車の運転や話すことが困難に。最期は歩けなくなった。「健康だった父がジワジワと衰弱して死んでいった」。五十八歳だった。

 9・11の後、父が家にいない日が続いたのを覚えている。アスベスト(石綿)など有害物質が舞うがれきの山を掘り、下敷きになった人を探していた。ティラーシオさんは「十七年前の原因で苦しむ人が今も増え続け、それを止めることもできない」とうなだれる。

 消防職員だけではない。救出や復旧に携わったボランティアや住民を含む計八万八千人を対象にした連邦政府の健康調査では、六月末時点で半数の四万四千人について何らかの関連疾病を認定。このうち千七百人が既に死亡し、九千七百人ががんと闘っている。

 救急隊員として駆けつけたゲイリー・スマイリーさん(55)はぜんそくなど複数の呼吸器系疾患や平衡機能の障害で仕事を続けられなくなった。六年前に退職し、9・11の語り部として活動。当時の同僚が次々とがんで倒れる中、悲しみのほか不安も絶えないという。

 「健康診断を受けるたび、体に異変を感じるたび、必ず心配になる」とスマイリーさん。ただ職業選択や現場に急行したことに後悔はない。「人々を助けられる人になりたかった。もう一度選ぶとしても、やはり救急隊員になる」と。

 9・11被災者を支援してきた法律事務所バラシュ&マクギャリーのマイケル・バラシュ弁護士は「ウォール街など現場近くに当時、日本人も多くいた。いま米国にいなくても補償などを受けられる事実を知ってほしい」と呼び掛けている。

6日、ニューヨーク市消防局の玄関に加わった18枚の名札。遺族らが凸版に紙を当て、名前を写していた=いずれも赤川肇撮影

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◆NYなどで犠牲者追悼

 【ニューヨーク=共同】米中枢同時テロ発生から十七年を迎えた十一日、航空機激突で崩壊したニューヨークの世界貿易センタービルの跡地などで追悼式典が開かれた。跡地近くで昨年、過激派組織「イスラム国」(IS)の思想に傾倒した人物によるテロが起きており、依然として脅威は消えていない。

 乗っ取られ、乗客らが抵抗したユナイテッド航空93便が墜落した東部ペンシルベニア州シャンクスビルの現場近郊の式典でトランプ大統領は乗客の勇気をたたえ「米国の未来は敵ではなくわれわれの英雄によってつくられる」と述べた。

 ニューヨークの同時テロ跡地ではビル北棟に一機目が激突した午前八時四十六分(日本時間午後九時四十六分)に合わせ、鎮魂の人工池を設けた記念広場で参列者が黙とうし、遺族代表が犠牲者の名前を読み上げた。三機目が突入したワシントン郊外の国防総省でも式典を予定している。

 

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