■書 評
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ゴダール伝
[著者]コリン・マッケイブ 堀潤之訳
みすず書房
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5880円
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[評者]稲川 方人
(詩人)
■複雑で厄介、豊かな人生
ゴダールには『映画史』という長大な作品があり、そこには私たちの生きた二十世紀の本質的な記憶が描かれているが、ゴダール自身にみずからの人生の記憶を語る意志があるとは到底思われなかった。なぜなら、映画においても数多くの発言においても、ゴダールは一度だって誰しもに納得を与えるような整然とした「物語」を提供したことがなかったからだ。それに反して「伝記」には対象の人生を整然と語ることが課せられている。その矛盾を解決することはこの本の著者にとっても同様だった。 ゴダールの生誕から、戦中・終戦を経て処女作『コンクリート作戦』を撮る一九五四年までを追う第一章にそれはよく表れている。その年、確執のあった母がスクーターの事故で亡くなる。病院に駆けつけた二十四歳のゴダールは、しかし葬儀に参列することはなかったという。この「物語」に何かを読みとろうとしても無駄になるだろう。それほど、ゴダールは私たちの同時代の最も複雑で最も厄介な人物なのである。 映画監督になるまでの初期ゴダールの足跡には、新鮮な事実も多く記されているが、ついにはゴダールの複雑さと厄介さとが彼の人生の豊かさであることを読者は知るだろう。あえて言えば、複雑で厄介なその姿が二十世紀そのものの反映だった。ゴダールこそは、この百年ほどの世界を身をもって思考し続けた最大の思想家だったことをこの伝記は教えている。 ちなみに筆者は、ジャン=クロード・ブリアリの訃報(ふほう)が届いた日にこの本を手にした。ゴダールの六一年の映画『女は女である』にブリアリは出演しているが、この本で紹介されているそのスチール写真に、アンナ・カリーナとベッドに横たわっているブリアリが写っているものの、キャプションには彼の名前が記されていない。とても残念だ。若々しく軽妙だったブリアリが他界し、三〇年生まれのゴダールの伝記が出版される。映画はいよいよ二十世紀の陰影を消そうとしているのか。
Colin MacCabe 1949年生まれ。イギリスの文学者・映画研究者。著書に『ジェイムズ・ジョイスと言語革命』など。
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