■書 評
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左官礼讃2 泥と風景
[著者]小林 澄夫
石風社
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2310円
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[評者]塩野 米松
(作家)
■壁を養う暮らしを慈しむ
左官(さかん)という仕事が忘れられてしまった。 法隆寺が創建当時の姿を保ち、世界最古の木造建築として現存している理由は木の癖を活かし、飛鳥の大工以来の伝統を受け継ぐ工人たちがいたからであるが、忘れてならないのは壁の力である。 建物は柱や梁(はり)だけで持つものではない。柱の間を埋め、補強する壁があってのことである。 その美しく、丈夫な壁をつくり続けてきたのが日本の左官である。木舞という芯(しん)にスサというワラや麻糸、和紙などを刻んで、泥に混ぜ合わせ塗り込み、壁を築いていく。 水で練られた土は乾けば縮む。縮めば柱や貫の間に隙間(すきま)が出来る。当然である。時間をかけ、十分に縮めてから、隙間を埋め、じっくりと壁を養生していく。自然素材で家を造るというのはそういうものなのである。 施主もそれを知っていたから急がなかった。五、六年も先の祝言に間に合うように左官を頼むのである。壁を作りながら人はそこで暮らすのである。不自由はない。祝いの日の直前に漆喰(しっくい)を塗り、仕上げをする。 手間を惜しまず作ったから壁は強くしたたかである。そういう技と思想があったから、日本の建造物は美しく、自然の中に風景としてとけ込み、長い時間のヤスリに耐えたのだ。 その左官の仕事を見続けてきた著者は、同名の前著で、左官の仕事の美しさと職人たちを称えながら、消えていくことを嘆いた。時間をかける左官の仕事の良さがわからない時代になったのだ。 続巻のこの本では嘆きは悲しみの歌に変わっている。日本の壁の美しさ、三和土(たたき)のすばらしさは過去の物になってしまったのか。嘆きは散文にすれば愚痴になる。美しく見送ろうとすれば、目は心の内を向き、言葉は詩になる。慈しみの目は悲しみつつ、先の世に夢を託している。左官に新たな目を、それが日本の美の再興につながるはず。
こばやし・すみお 1943年生まれ。編集者。月刊「さかん」などの編集に携わる。著書に『泥小屋探訪』など。
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