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■書 評

映画と祖国と人生と…

映画と祖国と人生と…

[著者]アンジェイ・ワイダ 著/久山宏一ほか 訳

凱風社 / 2730円


[評者]小島 亮 (中部大教授・東欧政治史)

■虚構に賭けた戦略の集積

 本書は現代ポーランド映画界を牽引(けんいん)した映像作家・監督の自伝であり、箴言(しんげん)集のごとく凝縮された英知に触れる知的特権の書でもある。戦後ポーランドの悲劇がソ連による軍将校の「カティンの森」での大量虐殺を始点とするならば、著者が実父を失ったこの事件に「回帰」し作品化するに至った現代史の証言としても興味深い一冊である。

 複製性と大衆性は政治的操作に通じるため、映画は現代的神話を雄弁に物語る一方、逆の自己嫌悪に引き裂かれて展開を遂げてきた。現代社会の深い闇に淵源(えんげん)をもつ全体主義が映画に強く関与するほど、それは危険なメディアでもあった。本書を読むと、ナチスを映したスクリーンに発砲するソ連兵を目にした若き日以来、映画の虚構性と虚構ゆえの政治的現実性に震撼(しんかん)した著者の出発点が理解できる。思えば『カティンの森』も「実写」による虚構という象徴的事件にほかならない。

 ちりばめられたアフォリズムで、とりわけ印象的なのは「はじめにコトバありき」(『ヨハネ福音書』)への疑念である。ローマ法とギリシャ論理学の崩壊を戦中に実感したという著者は、ここから映画の虚構に賭けた戦いを開始したのであった。やがて映像の多義的重層性を研ぎ澄まし、ネオリアリズム的映像劇のうちに「コトバ」を多重化する手法を編み出し、傑作『灰とダイヤモンド』を世に送り出す。この映像文法は後年の『大理石の男』などでも継承されている事態にあらためて気づかされる。

 体制言語や記録のオーバーラップ、ドキュメンタリー画像の闖入(ちんにゅう)などイメージの不安定化にほかならない。彼の戦略は『マルコ福音書』を想起させる古文書と伝記的注釈の混沌(こんとん)から『ヨハネ福音書』(コトバと論理)を解体する「騙(かた)り」だとすれば、旧東欧の崩壊と映像自由化のもたらした能天気な「映画芸術」への怒りは著者の『黙示録』としても読めるだろう。


Andrzej Wajda 1926年生まれ。ポーランドの映画監督。作品に「地下水道」「鉄の男」など。著書に『アンジェイ・ワイダ自作を語る』。


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