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■書 評

一週間

一週間

[著者]井上 ひさし

新潮社 / 1995円


[評者]永井 愛 (劇作家)

■『抑留』の重さ軽妙に語る

 「シベリア抑留」をこれほど喜劇的に描いた作品があっただろうか。もちろんこれは著者得意の趣向であって、軽妙な語り口から引き出される史実はずっしりと重い。

 時は一九四六年、シベリアの捕虜収容所に抑留されていた小松修吉は、日本人捕虜の脱走防止のため、ある日本人軍医の過酷な脱走体験を聞き書きするよう命じられる。だが、当の軍医から、小松は意外なものを預かってしまう。それは、若きレーニンが親友に宛(あ)てた手紙で、ソ連政府が決して公表してほしくない、革命への初期の理想が記されていた。小松はこの手紙を元にソ連当局との取引を企てる。

 その一週間の攻防の中で、徹底的におちょくられるのはロシア革命の堕落と帝国日本の頽廃(たいはい)だ。国際法に無知だった関東軍司令部は、捕虜に保障されるべき待遇を全く要求しなかった。これ幸いとソ連政府は、日本人捕虜を過酷な労働に従事させた。その上、関東軍の将校、下士官クラスの捕虜たちは、部下の食料をくすね、過酷な労働に耐える体力さえ奪った。ドイツ軍の捕虜は家族との手紙のやりとりが許され、慰問小包さえ受け取っていたというのに。六万人以上の死者を出したこの悲劇は、日ソ指導部の「合作だった」と著者は繰り返し訴える。

 奇想天外な展開が上滑りしないのは、丹念な資料調べによって、生活の細部までもが具体的に迫ってくるからだろう。少数民族の誇り、ロシア料理のおいしさ、シベリアの春の喜び、満州国皇帝溥儀の編んだ民謡集、スパイMについて等々、著者はありとあらゆる事柄に蘊蓄(うんちく)を傾ける。

 この小説を読んだ人は、井上ひさしの「知」への情熱に打たれるだろう。知る、考える、伝えることに生涯をかけた著者は、「既成事実に容易に屈服」し、「事実そのものを突き詰めて考えることを避けてしまう」日本人に渾身(こんしん)のメッセージを残した。


いのうえ・ひさし 1934〜2010年。劇作家・作家。著書に『吉里吉里人』『國語元年』『東京セブンローズ』など。


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