東京新聞
舞踊芸術賞

■ 平成20年度 受賞者紹介

日本舞踊 花柳寿美
出色の大型劇発表
昨年2月の舞踊劇「楊貴妃輪光」公演

 花柳寿美が主宰する「曙会」は初代花柳寿美が発足させた会である。初代は大正末から昭和初期、数人の女性舞踊家が日本舞踊界に新風を起こし、新舞踊運動として歴史に残る一ページを刻んだ中の一人であった。その初代が戦後早世したので、二代目寿美(花柳宗岳)を経て、さらに現三代目がその流れにそって継承している。

 現寿美は幼い時から初代の舞踊家に育つ希望をうけて歩んできた。舞踊家より振り付けや指導者として名を残した二代目の教育を得て十七歳で三代目を襲名し、その後アメリカで舞踊、演劇を学び、日本では古典を母や花柳流二代家元の花柳壽輔の厳しい教えを受けながら、吾妻徳穂にも師事して着々と舞踊家としての実績をあげてきた。昭和四十四年に芸術選奨文部大臣新人賞ができたその第一回を受賞したのも、その前年に発表した「黒船屋」などの評価によるものだった。その後花柳壽應賞の新人賞第一回も、聖徳太子を描いた「雙連花譜」で受賞する等、そのころの寿美の公演は宗岳の弟子であり、作家でもある花柳寿美園(永山智香子)の作品で次々と大型舞踊を発表した。また初代の代表作「吉田御殿」や「三枚絵」「雪の譜」などの印象に残る作品を次々と意欲的に演じていた。

 今回の舞踊芸術賞の対象は昨年の「曙会」で発表した「楊貴妃輪光」である。楊貴妃の幼い時から玄宗との出会い、その別れと深い絆を構想して展開した久しぶりの大型舞踊劇である。また道成寺の歌詞を下敷きにして静かに女の情念をあらわした「相幻道成寺」などの作品が大きな話題でもあった。寿美の長い歴史を持つ「曙会」と日本舞踊に対する情熱が高い評価を得たものである。(三枝孝榮)

 (2008年5月21日・東京新聞)

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モダンダンス 若松美黄
衰えぬ創作意欲
昨年11月の「舞へまへ蝸牛」の公演。中央が若松美黄(C)2007、古屋均

 現代の日本では、洋舞各分野を眺めるとモダンダンスが少し盛り上がりに欠ける。戦後飛躍的な発展を遂げたバレエに対し、モダンダンスは戦前からかなりの成果をあげていたが、そのおかげでモダンとはいいながらも多分に古めかしい舞台が頻出していた。

 北海道大学法学部を卒業して五十年ほど前に中央に現れた逸材若松美黄は、早くから内外の情報をキャッチし続け、ポストモダンなど海外芸術の新しい傾向をもものにした上での舞踊活動は、戦後のモダンダンスに新風を吹き込み新局面をもたらした。彼はさらに舞踊教育や国際交流にも活躍して自らの世界を拡大し、舞踊界全般をも活性化させている。

 若松はこの四十年にわたり毎年のように斬新な創作による公演をつづけていて、七十歳を過ぎてもいまだに創作意欲、創造力の衰えを見せない。昨年十一月に発表した第四十回若松美黄・津田郁子自由ダンス公演での「舞へまへ蝸牛(かたつむり)」は、舞踊の発生を念頭において念仏踊りや古い芸能に題材をとり、あい変わらず若々しい発想と豊かな経験による多彩な表現手法を駆使したにぎやかな舞台だった。若松自身の作曲による擬古的な音楽により、若松をはじめとする新旧の出演者たちが踊って歌って芝居するというもので「殻に隠れても踏み潰されるよ。どうせなら出て舞おう」という昔のわらべ歌と現代の世相とを交錯させ、精緻(せいち)さに即興を加えた娯楽色の強い芸術作品となっていた。

 今回の若松美黄の遅きに失したともいえる舞踊芸術賞受賞は、久方振りのモダンダンス界からの受賞でもあり、モダンダンスのさらなる発展を期待させるものである。 (藤井修治)

 (2008年5月21日・東京新聞)

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