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【探訪 都の企業】

<第1部>【1】東光薬品工業(足立区鹿浜) 白血病から命救え

2008年3月31日

社会貢献が社是と語る東光薬品工業の小林洋一社長(右)=東京都足立区で

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 都の北、東京都足立区に本社を置く小さな製薬会社が白血病の治療薬開発に挑んだ。主に外用薬や化粧品をつくった経験しかない従業員たちの胸に期待と不安が交錯した。数十億円の費用をかける新薬開発に、中小製薬会社が乗り出すこと自体ほとんど例がない。

 「命を救う新薬をつくりたかった」。開発の責任を負った東光薬品工業の小林洋一社長(37)の背中を押し続けたのは患者と家族、医師らの姿だった。「命と戦う先生方の熱意に自分も促された」

 白血病は「血液のがん」といわれる。開発したのは、中でも特殊な難病、急性前骨髄球性白血病(APL)の治療に卓越した効果がある錠剤だ。十年をかけて、二〇〇五年四月に製造が認められた。

 薬が誕生するきっかけは一九八三年にさかのぼる。東京大学薬学部の首藤紘一教授=当時=が、APLの治療に効果がある化合物の合成に成功した。APLの国内患者数は年に三百人から七百人とされる。だが大手製薬会社は新薬の開発に二の足を踏んだ。患者数が少なく採算が合わないと算段したからだ。

 首藤氏が新薬への望みを捨てかけた十数年後、小林社長の父、晃二会長(72)が同氏の元を訪ねた。この化合物が「白血病だけでなく皮膚病の治療にも使える」と聞き、興味を持ったからだった。この出会いから、外用薬が得意な東光薬品に白血病との思わぬ接点が生まれ、新薬開発が始まった。

 開発チームは十五人程度。患者数が限られる病気で、被験者が集まらない。承認には、新薬を安定して供給できる設備も必要だった。億単位の新しい機器を導入した。新薬が認められなければ投資は無駄になる。会社の存続がかかった。

 今、全国の医師や販売先から入る好調な治療成績の知らせに従業員らは「苦労した分、報われた」と喜ぶ。

 新薬は来年にも北米での承認、販売の道も開けてきた。「次は世界の人を少しでも救えたら」小林社長と従業員たちの思いは続く。

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 政治の無策や金融不安が日本経済をむしばむ中、小さくとも力強く生き抜く企業がある。町で生まれ、地域に溶け込みながら首都圏に“元気”を放つ。そんな「都の企業」を探訪する。

■地域への思い

 「荒川を望む足立区で父が会社を創業したのは47年前。泥状の湿布剤の製造からスタートした。ここで生まれた私は、小学生のころ、工場に手伝いに出掛けると、おばさんたちがかわいがってくれた。町工場の雰囲気があった。今は気鋭の研究者たちが会社を活気づけている。地元の皆さん方に支えられて、ここまで来たと痛感する」 (小林社長)

 

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