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【探訪 都の企業】

<奮闘編>【1】松井精機(板橋区小茂根) 車から航空機へ夢実現 地域への思い

2009年1月6日

熟練の技で作り上げた製品を前にした松井精機の松井懐社長(右から2人目)

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 板橋区の静かな住宅街の一角にある町工場。従業員十二人の小さな工場から、これまでF1のエンジンパーツや人工衛星の部品など高度な製品が次々に生み出されてきた。現在、ボーイングにエンジンの付属部品などを供給し、同社の最新鋭機「787」にも部品が採用された。

 一塊の金属から、入り組んだ凹凸や複雑な曲面が重なり合う部品を削り出す高度な加工。この作業を行う「マシニングセンタ」と呼ばれる自動制御の工作機械は、多くの金属加工工場が備えている。しかし、松井精機がこの機械を使って作る複雑な形状の部品は自動車、電機の大手メーカーから「自分たちではできない」と注文が舞い込む。

 金属の素材に合わせ刃物を選択し、どのように回転させ切り込んでいくのか。「工作機械の性能が上がっても、経験とノウハウは大手でもまねはできない」。旋盤の時代から四十年以上にわたって培ってきた金属加工技術に、松井懐社長(58)は職人として絶対の自信を持つ。

 自動車関係の仕事が八割を占めていた同社が転機を迎えたのは、二〇〇七年秋に開かれた「いたばし産業見本市」だ。加工が難しいチタンを削り出した部品が大手航空技術者の目に留まり、航空部品メーカーに紹介してもらう機会を得た。

 そのころ日本の自動車メーカーは絶頂期で右肩上がりの成長が続くと思われていた。だが、松井社長は「自動車産業は飽和状態となり、近い将来行き詰まるのではないか」との懸念を感じていた。

 一方、航空機のエンジン部品は金属加工業にとっては最高峰の仕事とされ、「若いころから、いつかは手掛けたいと思ってきた」という。夢の実現のため自動車から航空機部品への転換を決意。松井社長は「仕事は少なくなるかもしれないが、技術を熟成して本格参入に備えよう」と従業員に決意を示した。

 今、世界的な大不況の影響で大幅減産、ホンダのF1撤退など自動車産業は窮地に陥っている。松井社長は「もし自動車中心の仕事を続けていれば大変な事態になっていた」。航空機は自動車と違ってモデルチェンジが少なく、一度受注が決まれば十年は安定した取引ができる。今後も航空機関係の仕事が予定されており、「生き残り」は確保できそうだ。

 「十二人の町工場だが、これから会社を大きくして航空機産業に貢献していきたい」。不況の嵐が吹き荒れる中、松井社長は挑戦を続けることを忘れていない。

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■地域への思い

 「われわれ零細企業は会社のアピールの場が少ない。しかし、板橋区は地場産業を発展させようと、物産展の開催など他区に先駆けて努力してくれている。航空機産業への本格参入ができたきっかけは板橋区主催の見本市であり、感謝の気持ちでいっぱいだ。せっかくいただいたチャンスを何とかものにして、期待に応えたいと思っている」 (松井社長)

 雇用不安、大幅赤字、急激な資金難…。景気が音を立てて崩れている。しかし、それでも企業は生き延びるため懸命に努力する。新年、不況の中で奮闘する都の企業たちの姿を再び紹介する。

 

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