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【探訪 都の企業】

<問屋編>【中】日暮里繊維問屋街(荒川区東日暮里) 小売り前面 独自の発展

2009年11月6日

豊富な生地が並ぶ日暮里問屋街の店内=東京都荒川区東日暮里で(中西祥子撮影)

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 約九十店舗の繊維問屋が集結する日暮里繊維問屋街。ここの特色は、問屋が小売りを前面に押し出すスタイルだ。店先には色とりどりの生地の束があふれ、街は平日の昼間も主婦や若者らでにぎわう。

 日暮里周辺が繊維の問屋街としてスタートしたのは、大正時代初期だ。当初、はぎれ(余った布)など繊維を扱う店は浅草に集まっていた。しかし、浅草界隈(かいわい)が発展する中で、繊維関連の店は周囲の華やかさにとけ込めなかった。結局、行政のあっせんで日暮里周辺に移ったという。

 一九八〇年代半ば、問屋街に小売りの業態を取り入れる店が急増し始めた。東京日暮里繊維卸協同組合の安田良信理事長(61)は「当時、繊維業界でも大規模店が進出し、生地だけを扱う小売店は街から消えていった。売り先を求めた結果、自然と小売りを兼ねるスタイルにたどり着いた」と振り返る。

 商売の苦しさから出た発想は今、問屋街の特徴に。豊富な種類の生地を安く買えるとあって、全国各地から客が集まる。近隣の服飾専門学校生から、趣味で洋裁を楽しむ高齢者まで客層は多彩だ。

 商社から直接仕入れたはぎれが安価で出回るケースもあり、“掘り出し生地”を求めアパレルメーカー勤務のプロも来る。街中では店員と客が知識を駆使しながら商談を繰り広げる。安田さんは「こんな楽しさが味わえる繊維問屋街は、ここにしかない」と自慢げだ。

 しかし、歴史のある問屋街ゆえの悩みもある。昨年、街で二番目に大きい店が後継難から店を閉めた。街に進出したい店は多く、空き店舗にはならない。ただ、生地だけでなくボタンやビーズ、格安の既製服を扱う店も増えてきた。

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 「街のあり方は変わってきている。でもあくまで生地中心の『素材系』を売る街として生き残っていきたい」と安田さん。

 協同組合では、街の活性化を目指し、三年前から服飾専門学校や荒川区と共催で、デザインコンテスト「日暮里コレクション」を実施している。今後は、買った生地を使ってその場でオリジナルの衣料品を作れる工房を、街中に開くアイデアも検討中だ。安田さんは「独自の問屋街として発展していきたい」と意欲的だ。

 

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