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【探訪 都の企業】

<問屋編>【下】金魚問屋「金魚坂」(文京区本郷) 喫茶併設 癒やし感じて

2009年11月7日

「金魚坂」女将の吉田智子さん=東京都文京区本郷で(木口慎子撮影)

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 東京大学の赤門に近い本郷通りから細い小道を進むと、三百五十年以上の歴史を持つ金魚問屋「金魚坂」がひっそりとたたずんでいる。屋外のいけすには、四十種類、約五万匹の金魚が涼しげに泳ぐ。だが、木の扉をくぐり一歩店内に入ると、そこは落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。

 老舗の金魚問屋でありながら、喫茶店も営むユニークな店だ。コーヒーの香り漂う店内には、至る所に金魚の絵画、金魚のつるし人形、金魚型のコーヒーカップ…。マスターのベストも金魚柄だ。コーヒーのほか、葉巻や中国茶、会席料理も楽しめる。

 七代目の吉田智子女将(おかみ)が「少しでも多くの人に金魚を見て、癒やしを感じてほしい」と、問屋兼喫茶を二〇〇〇年にスタート。いけすの一部を埋め立て、池の縁を壁に、池の底を床に生まれ変わらせた。

 かつては八百坪を超える広大な敷地で、養魚場も運営していた。しかし戦争中、「金魚はぜいたく品」とされたため規模を縮小。結局、養魚場は人手不足でやめた。戦後、日本橋のデパートのショーウインドーを、一匹百万円する金魚で埋め尽くしたこともあるが、時代は変わっていった。

 金魚問屋のもうけは多くないという。昭和の中ごろ、熱帯魚ブームに押される形で、問屋業をやめる店が相次いだ。最盛期には、東京二十三区内に二十軒以上あった金魚問屋も、「ほとんどなくなったわね」という。

 「先祖代々、金魚に執着してやってきた。やめるわけにはいかない」。一九九七年に六代目である夫が亡くなり、吉田さんが継いだ。高い塀に囲まれ、業者しか足を踏み入れない店から一転、誰もが立ち寄れる問屋をつくり上げた。

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 生き物に興味を持ってもらおうと、都内の小学校二十三校にメダカを寄付したこともある。昔に比べて子どもたちの反応が鈍く、危機感を覚えた。「勉強ばかりでなく、たまには金魚を見に来てください」と呼び掛けている。

 一般のお客さんも、一匹から買える。いけすの横では、釣り堀や金魚すくいも開催する。週末には家族連れでにぎわう。「金魚には文化や歴史がある。お金にならなくても、残しておかなければならないものが、あるのです」

 (この連載は、経済部・須藤恵里が担当しました)

 

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