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【探訪 都の企業】

<震災奮闘編>【中】アルファーダイヤモンド工業(足立区新田) 被災工場 1カ月で復旧

2011年6月17日

被災した工場の状況などについて語るアルファーダイヤモンド工業の松井久男社長=東京都足立区で(沢田将人撮影)

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 「工場復旧までに一カ月かかった。この時間の空白は、今後も取引を続けてもらえるかギリギリの線だった」

 足立区の住宅街に立つ「アルファーダイヤモンド工業」の松井久男社長(63)は、東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の二つの生産拠点が復旧するまでを振り返った。

 一九八三年に創業した同社は、カメラレンズなどを切削・研磨するダイヤモンド工具の国内シェア六割超を占めるトップメーカーだ。キヤノンやニコンを含む国内大手メーカーのほか、米国、ドイツ、イスラエルなど各国の光学企業が同社製品を採用している。

 三月十日。同社は東京都信用金庫協会などが主催する優良企業表彰制度で、最優秀賞しんきんものづくり(製造業)大賞を受賞した。翌日、南三陸町の両工場が激しい揺れに見舞われた。強固な耐震設計をした工場は天井がはがれ落ち、機械設備は大きく横ずれした。ただ、巨大津波の直撃だけは免れ、従業員も無事だった。「五年前に志津川湾の沿岸にあった工場を内陸側の高台に移転した。これが幸いした」

 しかし電気も水も使えない。全生産の八割を占める工場の生産は完全に止まった。製品在庫も最大一カ月しかなかった。

 「東京で代替生産をする」。被災状況を確認した松井社長は震災二日後に決断した。通常、新商品の研究・開発を行っている東京本社の作業場を“臨時工場”へと変えるべく動き始めた。

 松井社長の指示で十四日には社員らが現地へ向かい、生産設備や部品の金型をトラックに積んで東京へ持ち帰った。東京では、ほかに必要な機械類を中古購入やリースでかき集めた。「技術者だけでなく、営業も経理も関係なかった。社員全員で作業に当たった」という。

 国内トップメーカーとはいえ、最近では中国企業の追い上げも激しい。「何が何でも生産を止めるわけにはいかなかった」。松井社長の言葉に力がこもる。

 臨時工場の生産能力は、通常の六割程度だったが、素早い対応で顧客の流出は最小限に食い止めた。四月二十五日には現地工場の生産が再開した。

 松井社長は「完全な信頼回復には一〜二年かかる」と表情を引き締めながらも、社員にこう呼び掛けている。「他社が一カ月かかるものを、うちは力を合わせて二週間でやるのが身上だ。そのスピード感と和をこれからも大切にしよう」。小さな町工場ならではのチームワークで、震災を乗り越えていくつもりだ。

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