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【探訪 都の企業】

<震災奮闘編>【下】新栄物産(市川市南八幡) 安心・安全 給食に奔走

2011年6月18日

学校給食のサンプルを手にする新栄物産の和田康之社長=千葉県市川市南八幡で(坂本亜由理撮影)

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 岩手県大槌町の現地駐在員と連絡が取れたのは、東日本大震災発生から四日後だった。駐在員の自宅は沿岸部の高台にあり、津波の難を逃れていた。

 現地の避難所から届けられた無事の一報に「とにかくほっとした」。新栄物産の和田康之社長(54)は胸をなで下ろした。しかし、家族も被災した駐在員に対し、すぐに「業務復帰を」とは頼めない。千葉県市川市の本社で対策に乗り出した。

 同社は、学校給食向けのおかずやデザートの企画・開発と販売を手掛ける。給食の提供先は、全国の公立小中学校約三千校。特に東北地方には、売り上げの約四割に当たる約六十万食の給食を届けている。東京都信用金庫協会などが主催する優良企業表彰制度で震災前日、東京新聞賞を受賞した。

 震災では、仙台市内の食品工場や運送センターなど提携先が被災し、多くが機能不全に陥っていた。和田社長は「提携先とまったく連絡が取れなかった。特に沿岸部にある工場は、建物があるのかどうかも分からなかった」と振り返る。

 東北地区を担当する販売グループマネジャーの老後明朗さん(54)を中心に、現地の状況把握を進めるとともに、給食再開に向け、食品の確保や物流網の回復を急いだ。

 同社では、「地産地消」を掲げ、給食にはなるべく地元食材を使っているが、被災地では食材が確保できなくなった。そのため、北陸や静岡などの得意先に頼み込み、魚などの食材をかき集めた。新たな配送業者や宅配便も開拓した。

 老後さんは「食品の包装材が不足するなど、課題が次々出てきた。でも『とにかく学校が春休みのうちに何とかしよう』と、できることから必死でやった」と話す。

 努力が実を結び、岩手県や宮城県内の多くの学校が始まった四月下旬には、まずパンや牛乳の簡易な給食の再開にこぎ着けた。五月上旬からは、ほぼ通常通りの給食を提供できるようになった。

 今後、心配なのは福島第一原発事故による風評被害だ。放射線値の高い地域の野菜や果物への漠然とした不安が消費者心理に影を落とす。

 児童の親からは、給食に使われる食材の産地への問い合わせが各地の給食センターに寄せられる。

 和田社長には「地産地消の給食を通じて、地域とのつながりや風土を子どもたちに実感してもらいたい」との思いがある。子どもたちに、安全で安心な給食をどう届けられるのか。試行錯誤の日々が続く。

 (この連載は小杉敏之、岸本拓也が担当しました)

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