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【探訪 都の企業】

<韓流震災編>【上】とんちゃん(新宿区百人町) 地震翌日も営業続行

2011年7月18日

震災直後も休まず営業を続けている具哲社長=東京都新宿区で(梅津忠之撮影)

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 サムギョプサル。厚めに切った豚バラ肉を鉄板で焼き好みの味付けで食べる韓国の人気料理だ。「K・J LIFE」が経営する「とんちゃん」は、この料理の専門店として二〇〇二年開店した。

 「当時は、サムギョプサルを出す店が日本には、ほとんどなかった。韓国の食文化を広げたかった」。経営者の具哲(グチョル)社長(44)は振り返る。開店後、ブームに乗って経営は順調だった。現在、都内に十店舗を持ち、昨年度の売り上げは八億六千万円と初年度の十倍以上に膨らんだ。だが−。

 「建物が壊れると思った。何が何だか分からず怖かった」。東日本大震災が起きた時、具社長は新大久保の事務所にいた。テレビ画面に被災地の状況が次々と映し出される。恐怖の後に衝撃が具社長の心を襲った。

 「言葉には言い表せない悲しみだった。これまで店が愛され、続けてこられたのは日本人のおかげ。何か恩返しをしなくては」

 震災当日の夜、一晩考え抜いた。翌朝、「うちは今日から店を開ける」と決めた。「今店を閉めてしまったら、韓国を愛してくれている日本人への裏切りになる」と考えたからだ。

 「とんちゃん」の従業員は十店舗で約百四十人。全員が韓国人だ。多くが韓国の親族から「早く帰ってこい」と強く促され、震災後数日で三分の一が帰国した。福島第一原発での事故が深刻化した三月下旬には半分にまで減った。中には心配のあまり両親から「戻らなければ縁を切る」と言われた従業員もいたという。

 一方で、新大久保別館店の徐聖旭(ソソンウク)店長は「私も家族から心配はされた。でも仕事を続けることを決めた」と話す。徐店長は残った従業員を集め時間を短縮しながら営業を続けた。

 「とんちゃん」が営業を続ける中、震災後一週間を過ぎた頃から新大久保の他の店でも営業を再開する店が増えてきた。具社長は、近くの飲食店店主から「とんちゃんの前にお客さんが並んでいた。それを見て店を開けることにしたよ」と打ち明けられたという。

 具社長は震災直後、釜山に住む母親(64)と電話で交わしたやりとりを話した。「戻らないよ」と伝えると、母親の答えは「そう、こんなときだからこそ帰ってはだめだよ」だったという。

   ■ ■ ■

 韓流人気が加速度を増している。東日本大震災という試練を経ても、その勢いは衰えない。ブームの発火点でもある新大久保周辺を軸に展開する都の韓流店を紹介する。

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