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【探訪 都の企業】

<韓流震災編>【下】韓国広場(新宿区歌舞伎町) 新たな市場 再び開拓

2011年7月21日

コリアプラザを経営する金根熙社長=東京都新宿区大久保で(稲岡悟撮影)

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 「これおいしそうだね」「買ってみよう」。女性客らが商品を手に取りながら会話を弾ませる。スーパーでよく見かける買い物風景だ。しかし、並んでいる商品パッケージの表記はほとんどがハングル。韓国の果物や総菜も並ぶ。

 「韓国広場」は食品や化粧品、CD、伝統工芸品まで、近くの「コリアプラザ」など複数の店舗にまたがって幅広く展開する韓流総合スーパーだ。新大久保エリアでの開店は一九九四年。現在ではコリアタウンとして定着した、この周辺の先駆け的な存在だ。

 金根熙(キムクンヒ)社長(55)が「開店当時は近くに食堂が十軒もなかった」と振り返る新大久保で、「韓国の生活文化そのものを見せたい」との思いから開店。韓国と同じ商品を、そのままの形で販売するのが特徴だ。

 金社長は来日後、経済産業省の外郭団体勤務や一橋大学大学院での研究生活を経て、経営の道に入った。

 開店当初は「食堂もないところにスーパーをつくっても、すぐにつぶれるのではないか」と言われたという。しかし、「新大久保なら韓国人が多く集まる新宿にも近い。新しい店を開くスペースもある。スーパーを街の中心に据えて、新大久保を聖地にしてみたい」と踏み切った。

 その後、新大久保周辺は金社長の狙い通り“韓流の聖地”に成長した。韓国広場も最初は韓国人客が多かったが、今では日本人客が九割以上にまで増加。東日本大震災直前には、飲食店も含め十三店にまで事業を拡大した。

 震災直後、金社長は「会社がつぶれるのではと危機感を持った。客の激減が二週間も続いたから」と明かす。さらに「三から六カ月程度は、売り上げゼロでも持ちこたえられるようにしなくては」と覚悟を決め、十三のうち九店を一時休業し、新大久保周辺で経営していたホテルは廃業した。

 四月以降、客足は徐々に戻った。ただ、その後に残った思いは「大災害の前に人がいかに無力か」だった。そして「激変に耐えられる会社にすることの重要さを痛感した」という。

 金社長は今のブームが下火になった後を見据え、以前から考えていた通信販売強化策の前倒し実施を決断。韓流の新たな可能性を模索している。

 (この連載は木村留美が担当しました)

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