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【探訪 都の企業】

<新大久保 非韓流編>【下】タイ家庭料理店 味守って共存の街に

「クンメー」を経営するテインウボン・ヨンユットさん=東京都新宿区で(坂本亜由理撮影)

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 さまざまな人種が集まる東京・新大久保に、このかいわいの外国料理店では古株となった小さなレストランがある。一九九七年に創業したタイの家庭料理店「クンメー」だ。

 クンメーは、タイ語で「お母さん」。タイ人経営者のテインウボン・ヨンユットさん(43)が、母親が作ってくれた料理の味を再現したいと名付けた。

 JR山手線の線路脇にある店は四十席ほどで、木の板を張り合わせた壁にタイの玩具や民芸品が置かれ、タイの古民家を思わせる。料理の腕をふるうのは、タイのホテルやレストランで十年以上勤務したベテランのコックたちだ。

 献立はグリーンカレーやトムヤムクン、パパイアサラダなど約百種類。「さっぱりしてるのに、後を引くおふくろの味を思い浮かべながらコックと相談してレシピを作った」という。「タイで食べた味に近い」と、口コミで評判が広がり開業から五年間は予約しないと入れないほどにぎわった。

 ところが、五〜六年前から、新大久保駅の周辺に韓国料理店や韓流グッズ店が急増。クンメーは韓国料理店に客足を奪われ、最盛期に比べて売り上げが落ちた。周辺のミャンマーやチュニジアなどの外国料理店は、次々と韓流関係の店に替わっていった。

 韓国料理店の勢いに、店のスタッフと「うちもマッコリやキムチをメニューに加えようか」と話し合ったこともあった。今年二月には、テインウボンさんのもとにも韓国人の実業家が訪れ、「店を売ってほしい」と打診された。

 「少し迷った」とテインウボンさん。だが、「新大久保では古い外国料理店という自負があった。なじみ客もいる。味を守っていれば、生き残れる」と店の売却は断った。

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 テインウボンさんは九三年に来日。日本語学校やビジネス専門学校に通いながら、六本木のタイ料理店で皿洗いのアルバイトをした。八〇年代に始まったエスニックブームはバブル崩壊後も続き、店は週末のたびに行列ができた。

 専門学校を卒業するころ、新大久保のタイ料理店の経営者から、商売を引き継がないかと誘われた。迷わず、アルバイトでためた金など三百万円で店を譲り受けた。現在は新大久保と新宿に系列店を四店出すまでになったが、街が大きく変化した新大久保の店は今が踏ん張りどころだ。

 「コリアンブームもいつかはピークを過ぎるだろう。その時に韓国やタイ、中国などいろいろな国のおいしい店があれば、新大久保の街に元気がなくなることもない」とテインウボンさん。「うちも大変だけど頑張るよ」と笑顔を絶やさない。

 (この連載は伊東浩一が担当しました)

 
 

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