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【探訪 都の企業】

<老舗奮闘編>【上】工場空間 知恵絞り転身 鈴木興産(墨田区)

倉庫を改装したスタジオについて説明する鈴木興産の鈴木俊雄社長=東京都墨田区で(安江実撮影)

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 荷物を載せたフォークリフトが行き交う巨大な倉庫群の一角から、男女の掛け合いや歌声が聞こえてくる。

 東京都墨田区の「鈴木興産」は倉庫業の傍ら、倉庫の一部を演劇用のけいこ場として貸し出している。「文学座」や「こまつ座」「WAHAHA本舗」などの劇団員が主に公演直前の一カ月間、ここで本番さながらのけいこを繰り返す。

 同社の創業は一七八二(天明二)年。千葉県産のサツマイモを原料に水あめを生産していたが、戦後、安価な砂糖が大量に輸入され、業績が傾いた。水あめに見切りを付けた鈴木俊雄社長(74)の父親は一九五八年、延べ床面積二ヘクタールある工場の建物を貸倉庫にした。

 すぐにホンダがバイク「スーパーカブ」の一時保管場所として利用し、事業は軌道に乗る。その後もアパレル、人形メーカー、仏具店などが顧客になった。「借り手にカギを渡し、昼夜を問わず自由に荷物を出し入れできる方式にしたのが良かった」と鈴木社長。

 ところが鈴木社長が九代目社長に就任した九三年には、企業の多くが在庫を持たない生産方式に変わり、倉庫に空きが出始めた。松竹が「リハーサルスタジオとして倉庫を使いたい」と打診してきたのは、そんな折だった。

 鈴木社長は倉庫の一部を改修し、同年、スタジオ第一号を開業した。倉庫業に陰りが見えたという理由からだけではない。「若い社員を雇って、活力ある企業に生まれ変わりたかった」ためだ。

 貸倉庫の事務は請求書送付などに限られ、当時は六十代以上の従業員ばかり。スタジオにすれば、予約受け付けや劇団員の出入りのチェック、鏡や暖房器具など備品の貸し出しなどの仕事で若手社員の力が必要になる。

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 初めてスタジオを借りて舞台のけいこをしたのは、当時売り出し中のSMAPだった。都内の演劇のけいこ場が不足気味だったこともあり、スタジオは一年先まで予約で埋まるほどの人気で、売り上げ全体の15%を稼ぐようになった。四十代以下の若手、中堅社員は十人に増えた。

 現在は倉庫の約二割を転用し、大小五つのスタジオと一つの小劇場を営業。また、東京スカイツリーまで七百メートルという絶好の立地を生かし、倉庫の一部で自然食材にこだわったカフェも始めた。

 水あめ業、貸倉庫、スタジオ、カフェ。江戸から平成へ、時代の移り変わりとともに大胆な業態転換を遂げながら、生き抜いてきた老舗企業。だが、鈴木社長は言う。「冒険のように見えても、もともとあった工場の空間を柔軟に活用してきただけ。身の丈の範囲で知恵を絞ってきたのがよかった」

    ◇

 時代の変化に合わせて、商売・業務の内容を変えながら生き残りを図っている元気な老舗企業を紹介する。

 

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