東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > 探訪 都の企業 > 記事

ここから本文

【探訪 都の企業】

<老舗奮闘編>【下】呉服問屋 リサイクル店 東京山喜(墨田区)

リサイクル着物の販売に力を入れる東京山喜の中村健一社長=東京都新宿区神楽坂で(岩本旭人撮影)

写真

 和服を着る女性が減り、斜陽化する呉服業界。その中で、製造・問屋から業態を転換し、生き残った老舗が東京都墨田区にある。着物リサイクル店「たんす屋」などを全国に百十二店展開する「東京山喜(やまき)」だ。家庭のたんすに眠る着物や帯を社員が出向くなどして買い取り、平均五千円の低価格で販売する。

 着物が売れない一番の理由は価格。「百万円の着物を五十万円で売るのでは驚きはない。『着物はお高いんでしょ』という概念を根本的に変えたかった」と中村健一社長(58)。晴れの場だけでなく、普段着として気軽に着物を着こなす需要を掘り起こした。

 こだわりは低価格だけでなく、清潔であること。買い取った着物は丸洗いや殺菌、しわ伸ばしを徹底。中村社長は「わが社のルーツは製造と問屋。安心して着てもらえる商品に仕上げてからでないと売れない」と話す。

 同社は中村社長の祖父が一九二四(大正十三)年に呉服問屋として京都で創業。六一年に父親が東京に拠点を移し、製造も始めた。民間から皇室に嫁いだ正田美智子さん(現在の皇后さま)が着物姿でテレビや雑誌に紹介され、着物ブームが起こっていたころだ。

 だが、中村社長が九三年に会社を継承したころには既に業界は傾いていた。中国での製造による値下げに活路を求めたが、全国の取引先の呉服問屋の倒産が続出。九八年には赤字に転落した。

 転機が訪れたのは同年暮れ、中古本販売チェーン「ブックオフ」に偶然立ち寄った時だった。古本屋なのに店内は明るく、繁盛している。「価格の問題を解決するには、着物版のブックオフをやればいいのではないか」とひらめいた。

 自らライトバンで着物買い取りに家庭を回り、九九年九月に「たんす屋」一号店を千葉県船橋市に開業。最初の一カ月で六百万円を売り上げた。「これなら行ける」と確信し、二〇〇五年までに中古や新品の着物を格安で販売する業態に完全に転換。着物のリサイクルで業界一位をつかんだ。

 今後は十年間で五百店まで増やす。売るだけでなく、収納に困った着物の預かりをはじめ、修繕、レンタル、着付けなど、着物にまつわるさまざまなサービスを強化する考えだ。

写真

 戦後、業界が売った着物は累計五十六兆円分で、このうち四十兆円分の着物や帯が現在もたんすに保管されているというのが、中村社長の試算だ。

 「着物が売れなくなっても、着物のある暮らしをサポートすれば、商機は無限に広がるはず」。家庭に眠る「宝の山」に、商売のアイデアは尽きない。

  (この連載は伊東浩一が担当しました)

 

この記事を印刷する

PR情報