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【探訪 都の企業】

<関東シルクロード編>世界へつむぐ絹文化 つるや呉服店(相模原市)

外国人留学生に着物の着付けをする萩生田芳治社長(後列左端)と長男の康治さん(同右端)=圷真一撮影

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 富岡製糸場(群馬県富岡市)の世界文化遺産登録で、日本の近代化に貢献した絹産業が脚光を浴びている。当時、生糸は陸・水路で横浜港に運ばれ、世界に輸出された。かつての「関東シルクロード」沿線の相模原市で、世界に絹文化を伝えようと奮闘する都の企業を紹介する。

 かつての「絹の道」で今も伝統を守り続ける店がある。「つるや呉服店」は江戸末期、現在の東京都町田市鶴川地区に萩生田(はぎうだ)呉服店の店名で創業。当時の町田は絹の道を行き交う商人でにぎわい、八王子方面から生糸や炭、横浜方面から肥料や砂糖、食塩などが集まった。萩生田の店員も台車に反物を載せ、市に出たという。

 現店主の萩生田芳治さん(72)は一九六九年に店を継ぐとともに、相模原市中央区に店を移した。「出産祝いや結婚式、葬式など人生の節目で使う着物から、普段着まで扱う。おのずと客の人生と深くかかわる」。仲人を務めたり、通夜を手伝ったりと、得意客と濃厚な関係を築いてきた。

 次代を担う長男の康治さん(43)は従来の呉服店の商法に加え、若いころから海外展開を意識してきた。二十代後半は青年海外協力隊としてモンゴルで二年間活動。一九九八年の長野五輪には案内ボランティアに参加した。現在の名刺には「英語・モンゴル語が通じる呉服店」と書かれている。

 十年前から桜美林大学と連携し、留学生向けに着物や日本舞踊などを伝える講座を続ける。昨年夏には店のホームページを英語でつくり、海外から「観光のついでに店へ寄りたい」と直接問い合わせが入るようになった。

 桜美林大学の留学生たちが、着物の着付けを体験したいと店を訪れることもある。「ようこそ、いらっしゃい」。康治さんの流ちょうな英語による着物や地域の歴史の解説を、学生たちは熱心に聞き入る。

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 相模原市内には桜美林大学や青山学院大学のキャンパスのほか、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究所、油田サービス大手の米シュルンベルジェの研究開発拠点など、外国人が訪れる機関がいくつもある。

 康治さんは「国内向けの商売だけでは頭打ち。ここで知った着物の魅力を母国に伝えてもらい、少しずつ世界に広げたい」と願っている。 (伊藤弘喜)

 <関東絹の道> かつて日本の輸出品の主力だった生糸は現在の長野、山梨、神奈川の各県、東京都八王子市など各地で生産され横浜港まで運ばれた。八王子市から町田市・相模原市を通る陸路は、現在のJR横浜線に沿っていたと考えられる。長野や群馬の生糸は、鉄道が整備されるまで、利根川や江戸川の水運で運ばれることが多かったという。

 

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