東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > 東日本大震災 > 東日本大震災6年 > 記事

ここから本文

東日本大震災6年

大きく変わった旧市街 岩手県陸前高田市を定点撮影

 高く積まれた盛り土の谷間を、土砂を満載したダンプカーやバス高速輸送システム(BRT)のバスが、砂煙を上げながら行き交う。

 千七百人を超える死者・行方不明者を出した岩手県陸前高田市。中心部の高台にある、農業矢作栄一さん(79)宅から見渡した旧市街地はこの六年で大きく変わった。がれきで埋め尽くされた市街地はいったん広大な更地になり、造成地が連なるようになった。山林を切り開いた高台には新しい住宅も。遠く南を望めば、かつての高田松原には高さ一二・五メートルの堤防がそびえる。

 気仙川の東側に広がる高田地区のうち八七・四ヘクタールでは、二〇一九年三月の造成完了を目指し、海抜約九〜一二メートルへのかさ上げ工事が続く。進み具合は一六年度末時点で、事業費ベースで計画の31%という。

 二〇年の東京五輪では、東北でも宮城スタジアム(宮城県利府町)が会場予定地となっている。栄一さんの長男隆範さん(53)は「あれから六年、まだ仮設暮らしの住民も多い。五輪五輪と騒いでいるのは別の国の話のような気がする」と話す。

現在 2017年2月22日

写真

震災直後 2011年3月13日

写真

3カ月後 2011年6月8日

写真

1年後 2012年3月4日

写真

3年後 2014年3月6日

写真
災害公営住宅完成率

 災害で住宅をなくし、自力再建の難しい被災者が恒久的に暮らせる賃貸住宅。集合住宅が一般的だが、長屋や一戸建てもあり、家賃は収入や家族構成に応じて決まる。

高台移転などの再整備

 津波被害を繰り返さないよう居住地域を高台へ移すための敷地造成が続く。4割の人が仮設住宅や避難先で完成を待っている。被害の程度によって進み具合は大きく異なる。

プレハブ仮設暮らし

 昨年1月時点は5万9000人。入居は災害救助法によって原則2年以内と定められているが、東日本大震災では延長されている。入居者は災害公営住宅の完成や自力再建用の宅地造成を待つ人が多い。

写真
 岩手、宮城、福島3県の県内避難者は減少し続けている。ただ、原発事故の影響が大きい福島県からの他県への避難者は、依然として3万9000人余りがいる。全国の避難者は12万人を超える。

◆「もの」生かす知恵を 東北大災害科学国際研究所・岩田司教授

岩田司教授

写真

 住宅や道路といった「もの」はできてきたが、まだ街になっていないのが六年後の現状だ。被災地ではこれまで、大急ぎで住宅、道路、港、商業施設などハード面を整備してきた。しかし、全体のビジョンがあったわけではなく、縦割り行政によってそれぞれで造られてきた。これからは、それらを一つに結びつけて街にしていく知恵が問われる。

 街づくりの方向性としては、いかに住民が幸せに暮らせるかを考えるべきだ。居住地を選ぶとき、職場、教育、病院の三点セットが大切。職業は街の特性を生かして特化・集約する。教育は工夫して差異化を図る。総合病院を設ける必要はなく、大きな病院に紹介できる診療所があれば安心だ。

 中部地方は南海トラフ巨大地震の発生で大きな被害を受けるといわれている。東日本大震災を教訓として、地域で震災後の街づくりを今のうちに話し合っておけば、スムーズな復興と住みやすい街づくりにつながるだろう。

 

この記事を印刷する

PR情報



ピックアップ
Recommended by