平和の俳句2018

 戦後73年、平成最後の2018年夏、「平和の俳句」が復活しました。戦後70年が80年、100年、永遠へと続くように願いを込め、2015年1月1日から3年間、読者の皆さんと続けた「軽やかな平和運動」。復活版の選者は、故金子兜太さん=2月に98歳で死去=とともに「平和の俳句」を提唱し、スタートから選者を務めた作家のいとうせいこうさん(57)、金子さんの後を継いで17 年9 月から選にあたった俳人の黒田杏子(ももこ)さん(80)、テレビ番組でおなじみの俳人・夏井いつきさん(61)の3人です。7349通の投稿から選ばれた計30句と関連する記事を8月15日の朝刊紙面に掲載しました。

いとうせいこうさんが選んだ10句

兜太忌(とうたき)や通年の季語平和とし

 大山 陽子(71) 東京都国分寺市

木下闇(こしたやみ)国に三つの爆心地

 神戸(かんべ) 隆三(70) 愛知県一宮市

たひらけしひとひはちがつじゆうごにち

 岩松 明子(54) 東京都練馬区

非戦ビラ配る小道のアカマンマ

 田中 しげ(89) 愛知県阿久比町(あぐいちょう)

八月は体内にあり死ぬる迄(まで)

 川崎 愛子(86) 愛知県岡崎市

川のいろ田んぼのにおい空のいろ

 萩原 大樹(はぎはら・ひろき)(11) 愛知県小牧市

葉月また死者足ぶみし山河沸く

 池田 美咲枝(みさえ)(70) 金沢市

遠国(とつくに)や帰れぬ御霊(みたま)敗戦忌

 日比 史朗(86) 愛知県一宮市

平和の詩十四歳が朗朗と

 平田 徳子(のりこ)(84) 東京都品川区

戦争は八月だけしたわけじゃない

 越智 祥太(さちひろ)(50) 東京都江戸川区

【いとうせいこうさん選評】平和への希求 変わらず

 予想をはるかに超えた数の句をいただき、その多くが平和の俳句を以前に送ったことがないと思われる方々の体験句、または身近な死者の代弁をする句、そして子供たちの希望をあらわす句であることに驚いた。

 平和への希求がまるで変わらずそこにあったからである。連載時にもまして、その思いは強くなっているようにさえ私は感じた。私の選ばせていただいた十句にもそれは如実である。終戦の八月に戦争の過酷と悲惨を生々しく思い出し、想像し、中には<戦争は八月だけしたわけじゃない>とムードのみの慰霊を戒め、戦争の体制が今なお生き延びて原発事故にまで及んでいることを<国に三つの爆心地>と詠んで改めて知らせる。

 平和は季語だ、と私も思う。季語中の季語だと。それは故金子兜太氏ともよく話したことだ。私たちは一年中、それを詠む。

黒田杏子さんが選んだ10句

畑中の地蔵の前に芋ふたつ

 須田 卓(たかし)(70) 岐阜県御嵩町(みたけちょう)

ぼくは、はい句で平和を知った。

 鈴木 主逞(すたく)(8) 愛知県一宮市

はにかみて高校生の署名かな

 金指(かなざし) 孝造(70) 東京都足立区

沖縄の少女の詩や生きようぞ

 岡部 八千代(75) 東京都荒川区

千羽鶴チビチリガマの奥の奥

 多田 治周(じしゅう)(80) 福井県勝山市

平和の句ずーっとつづけてほしかった。

 小林 政則(71) 石川県白山市

戦車より鉛筆1本菫草(すみれそう)

 倉橋 千弘(ちひろ)(79) 浜松市西区

敗戦日母切々と着物縫ふ

 吉田 邦幸(くにゆき)(77) 東京都新宿区

つわものでなく夏草になる勇気

 中島 容子(53) 神奈川県鎌倉市

兜太翁(とうたおう)平和の俳句新盆(にいぼん)に

 小出 成行(なるゆき)(78) 浜松市中区

【黒田杏子さん選評】老若男女から 選者冥利

 <「平和の俳句」。あれはよかったな。俳句を書いたことのない人が句を寄せてきた。「これこそが平和だ」と生活の中で具体的に実際に感じていることを素直に書いてくる若い人たちの句も実によかった。「平和の俳句」はまさにそれだからね。それとね、「平和な俳句」じゃなくて、「平和の俳句」。ここが大事なんです。日常のなかで「これこそが自分の平和なんだ」と生の人間がかみしめ、味わっていく。戦争体験があろうがなかろうが、季語があろうがなかろうが、関係ない。だから小学生でも老人でもできるんだよ。>

 まさに故金子兜太先生のお言葉どおりの作品が各地から寄せられ、全力を挙げて選に当たりました。兜太先生の願いと希望は実現されていました。選者冥利(みょうり)に尽きる充実した時間。皆さまのさらなるご健勝とご健吟を心よりお祈り申し上げております。

夏井いつきさんが選んだ10句

シベリアの夕陽胡桃(ゆうひくるみ)に閉じ込めて

 長田 泰志(おさだ・やすし)(44) 金沢市

八月の入道雲は抗(あらが)えと

 中島 悦郎(えつろう)(68) 東京都渋谷区

胎内から空襲の街見たような

 安達 みつ江(72) 茨城県石岡市

蟹穴(かにあな)に蟹飛び込んで平穏なり

 鈴木 正勝(80) 静岡県湖西(こさい)市

爆撃機母のピアノもひまわりも

 拝田 章(はいだ・あきら)(77) 愛知県小牧市

サイレンの止(や)んだ日母は芋を干す

 飯塚 禅孝(ぜんこう)(82) 茨城県土浦市

そのあとなのかその前なのか青嵐

 梅田 昌孝(65) 愛知県北名古屋市

平和ってリコーダーならミの音だ

 稲川 晃成(ひろしげ)(11) 千葉県市川市

一本の鉛筆祈りを孵化(ふか)させる

 秋山 千佳(ちか)(38) 東京都杉並区

僕たちと「普通」が違う少年兵

 高木 勇吹(いぶき)(14) 名古屋市瑞穂区

【夏井いつきさん選評】心を揺する作品の数々

 ただのシュプレヒコールではなく、詩の力で平和を訴えること。それが「平和の俳句」ではないかと考えます。その意味において<一本の鉛筆祈りを孵化(ふか)させる>に強い感動を覚えました。季語はありませんが、<祈りを孵化させる>は美しい詩語。そして<一本の鉛筆>で平和を訴えていこうという凜々(りり)たる意志に満ちています。

 「平和」という漠然とした言葉に、さまざまな視点で詩を紡ぎ、読者の心を揺する作品の数々。<蟹穴(かにあな)に蟹飛び込んで平穏なり>。蟹のように防空壕(ごう)に飛び込む自分を思う人もいるでしょうし、いま私たちが飛び込める穴はあるのか?と不安を募らせる人もいるでしょう。<平和ってリコーダーならミの音だ>。音階の「ミ」はあたたかい音だと感じる十一歳の少年。この子たちのために、怖い音、淋(さび)しい音に満ちた未来をつくってはいけないと固く固く念じます。

いとうせいこうさん

【いとうせいこうさん】

いとう・せいこう 1961年、東京都葛飾区生まれ。早稲田大卒業後、出版社の編集を経て音楽、舞台、テレビなどマルチに活躍。88年に小説『ノーライフ・キング』で作家デビュー。99年、『ボタニカル・ライフ』で講談社エッセイ賞。2013年、東日本大震災をモチーフにした『想像ラジオ』で野間文芸新人賞。最新作は『小説禁止令に賛同する』。

黒田杏子さん

【黒田杏子さん】

くろだ・ももこ 俳人、エッセイスト。1938年、東京都生まれ。俳誌『藍生(あおい)』主宰。東京女子大在学中、山口青邨(せいそん)に師事 。広告代理店「博報堂」で『広告』編集長を務めた。句集に『日光月光』(蛇笏賞)、『木の椅子』(現代俳句女流賞、俳人協会新人賞)、『銀河山河』など。金子兜太さんと50年近い交流があった。

夏井いつきさん

【夏井いつきさん】

なつい・いつき 俳人。俳句集団「いつき組」組長。1957年、愛媛県生まれ。中学校の国語教諭を8年間務めた後、俳人に転身。学校での俳句の授業や「俳句甲子園」の創設に携わるなど、俳句の裾野を広げる活動を続ける。テレビ番組「プレバト!!」(TBS系)の俳句コーナーや「NHK俳句」(Eテレ)の選者でもおなじみ。句集に『伊月集』など。