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【公共事業を問う】

【第一部】翻弄される人々(1) 八ツ場ダム計画中止 自然も生活も壊された

2009年12月5日

造成が続く八ッ場ダムの代替地。町外に引っ越す人が多く、入居者は少ない=11月29日、群馬県長野原町で(北川成史撮影)

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 《「ダムは必要ですか?」 

 そう聞かれたらあなたは何と答えますか。私には分かりません。ただ、私たちのふるさとを無駄にするのだけはやめてほしいです》

 東京・上野から特急で二時間二十分。群馬県長野原町の中学三年樋田美咲さん(15)は昨秋、八ッ場ダムをテーマに書いた作文が「少年の主張」群馬県大会で、見事に最優秀賞に輝いた。

 きっかけは昨年の夏休み。民主党が近づく衆院選に向け、八ッ場ダムの建設中止を表明したのを新聞で知り、家族で話し合った。

 《できることならダム建設をやめてほしい!と思いました。(中略)友達や近所の人もみんなバラバラになり、帰るふるさとがなくなるのです》

 ダム周辺の工事が進み、幼いころ、兄や友達とカニを捕った沢はコンクリートで固められた。魚釣りをした池は水が枯れ、落ち葉の吹きだまりとなった。小学校は全校で五十人ほどいたが、子どもたちはどんどん町の外へ引っ越した。それでもふるさとは《私の大切な宝物》だった。

 そんなある日、家の裏の畑で、祖母の美智枝さん(79)が「今まで世話になったね」と土に語りかけ、一人で泣いているのを見た。美咲さんが振り返る。

 「声をかけられなくて後でおばあちゃんに話を聞いたら、『いろんなものを壊されて、今んなっちゃあ、元に戻せやしないから』と」

 一家は来春、国が造成する代替地に移転する。これまで移転したのは水没五地区でわずかに二十三戸。移転対象の半数以上の二百三十六戸は町を出た。

 「ダムが中止になっても、ふるさとはもう元には戻らない。友達も帰ってこない。おばあちゃんの言う通り、前に進むしかないのかなって」と美咲さん。

 だから作文には《どうせなら、ふるさとが多くの人の幸せのために使われてほしいです》と書いた。将来の夢は保育士。「美しい集落がここにあったことを、子どもたちに伝えていきたい」

  *   *

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 八ッ場ダム予定地にある川原湯温泉。半世紀にわたって旅館を切り盛りした竹田博栄さん(80)は長い間、ダム反対同盟の中心だった。一九九二年、同盟は運動に終止符を打ち、竹田さんは、国が代替地に造成する温泉街で旅館を続けようと決意。移転を申し込んだ。

 だが国の説明とは裏腹に造成は遅々として進まず、旅館は老朽化していった。改修するわけにもいかずに客は減少。ついに見切りをつけて廃業し、三年前に町外へ引っ越した。

 「代替地の完成時期が分からず、生活設計が立たなかった」と竹田さん。前原誠司国土交通相が「地元とじっくり話し合う」と話すのをテレビで見て、「冗談じゃない。また五十年もかける気か」と怒りがわいた。

 「新しい再建策も示さず、いきなり中止だなんて、問答無用で建設を決めた時と同じだ」。長い間の闘いや葛藤(かっとう)が竹田さんの脳裏によみがえってきた。

 「『五十年たってもできないダムは必要ないのでは』と民主党は言う。そうだと思う。だけど住民が苦労した責任はだれが取るのか」

    ◇

 政権交代でダムや道路の建設見直しが次々と打ち出されている。中止の効果に期待が集まる一方で、地域や景気への悪影響を懸念する声は根強い。公共事業はどうあるべきか。波紋が広がるダムの地元で、翻弄(ほんろう)される人々の心を追った。

<鳩山政権のダム見直し> 前原国交相は今年9月、八ッ場ダムと川辺川ダム(熊本)の建設中止を含め、全国で計画・着工中の143のダム事業を見直すと表明した。10月には国と独立行政法人「水資源機構」の48事業について「新たな段階には入らない」と凍結を宣言。都道府県発注のダムは「知事の判断を尊重する」とした。八ッ場、川辺川、南摩(栃木)、滝沢(埼玉)、大滝(奈良)の5つは、実施計画調査から40年以上経過している。

 

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