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【公共事業を問う】

【第一部】翻弄される人々(5) ダムありき 『自腹なら造らない』

2009年12月9日

人けのない栗山館。利用方法は宙に浮き、費用がかかるため解体もできない=栃木県日光市で

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 東西十六キロの間に四つの大きなダムがある栃木県旧栗山村(現日光市)。一九八四年に完成した川治ダムから車で数分、水没地区の一部の住民が移り住んだ代替地に、わずか十年余の営業で閉鎖された宿泊施設があった。

 三階建ての「栗山館」。ガラスが割れたままの部屋もある。ダム建設に伴う生活再建事業で建設され、八五年にオープンした。水没地区の住民でつくる組合が運営したが、期待した温泉は温度が低く利用できず、住民に宿泊業のノウハウがなかったこともあり、客足は伸びなかった。

 最後の組合長だった農家の山越英二さん(78)によると、建設費約五億円と毎年の運営費の不足は下流県が負担。約三千万円の最終赤字も下流県が拠出する基金で埋めて閉館し、組合は解散した。

 「自腹なら造らない施設。欲張りすぎたのかもしれない」と山越さん。「ハコモノは維持管理だけでも金がかかる。素人が手を出すものじゃない」と戒めを口にした。

 川治ダムの北へ五キロの地点で工事が進む湯西川ダムでも、生活再建事業の一環で観光用の「水の郷」が建設中だ。約二ヘクタールの敷地に共同浴場や直売所などが入る。総事業費十六億二千万円のうち二億八千万円は国のまちづくり交付金が充てられ、残りのほぼ全額を下流の千葉、茨城、栃木三県と宇都宮市が持つ。

 ただ、維持管理のための運営費は、財政難を理由に下流県は出さない。一帯に足湯や直売所などを備えた「道の駅」や湯西川温泉がある。水の郷は地元の要望で計画されたものの、「競合して失敗すれば栗山館以上のダメージ」と心配する声が出ている。

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 「道路が二本もできるというので、たとえ清流が消えてもダムを了解したのに…」

 湯西川ダム上流にある同温泉で、雑貨店を営む元村議会事務局長の伴昇一さん(72)は悔しそうに語った。

 同温泉は長い間、道路の未整備に苦しんできた。村の中心部から温泉までバスが来るようになったのは戦後の五一年。だが砂利道は狭く、でこぼこで、雪が降るとバスは上ってこなかった。住民総出で、シャベルで雪かきをし、大雪のときは日没まで三日間続いたこともあった。

 その後、徐々に舗装されたが、雪で閉ざされがちな温泉街に、ダム受け入れに伴う道路整備は魅力だった。国と県は九六年、ダムの両岸に温泉街まで通じる道路を造る協定を結び、温泉街は大喜びした。ところがその八年後、国の公共事業費抑制策に沿う形で、温泉街に通じる道路は右岸一本に削られた。

 伴さんは村の職員時代、県に何度も道路整備を陳情した経験を持つ。「国はえさをぶらさげておいて、突然、『都合によって出せない』と。水没地域の地権者と違い、温泉街の私たちはきちんと説明を受けていない」

 巨大なダムを地元に受け入れさせるための生活再建事業。住民を翻弄(ほんろう)したつめ跡が、山あいに残る。

<利根川水系のダム> 1都5県にまたがる利根川水系には国と独立行政法人「水資源機構」が13のダムを計画。八ッ場、湯西川、南摩(栃木県)を除く10のダムが完成している。国は全国7つの水系で、産業や人口の増加が進む地域への水供給を目的に、水資源開発基本計画(フルプラン)を策定。利根川水系では1962年、基本計画が定められ、利水目的ダムの整備が進んでいる。

 

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