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【統一地方選2011】

区長選 立候補者の横顔(2)

2011年4月20日

 届け出順。指名、年齢=投票日基準、公認政党、現新元別、当選回数、推薦・支持政党

【世田谷(5候補)】 

◇出る杭を育てる区役所に

 花輪 智史(はなわ ともふみ)氏(44) 無新 =自

 世田谷に生まれ育ち、「活力のある住宅地」とみる世田谷が大好き。区内には劇場も多く、趣味は演劇。

 少年時代から政治家に興味があった。就職してニュータウン建設に携わる中で自分のまちにも目が向き、区議に。「いつも笑顔で」「人の話をよく聞く」政治の原点を貫く。都議時代のキャッチフレーズは「出すぎた杭(くい)になる」。区長になったら「風通しがよく若い人が意見を言える、出る杭を育てる区役所にしたい」。

◇「受け入れる柔軟さ」 長所

 菅谷 康子(すがや やすこ)氏(36) 無新 =民減

 「緑の多さが好き」という世田谷区生まれ。学生時代を過ごし、子育てをしている。出産、再就職を通じ「女性が子育てしながら働ける環境に変えたい」と区議選に出馬。会派内の会合に子連れで出席したことも。当選当初から待機児解消など自分の政策実現には「区長になるしかない」と思っていた。

 区議時代に心掛けたのは「一区民の視点」。「素直に何でも受け入れる柔軟さ」が長所。趣味はゴルフ。家族は夫と小学五年の長男。

◇先陣切って社会を変える

 保坂 展人(ほさか のぶと)氏(55) 無新 =社国日ネ

 「ジャーナリストか政治家になりたかった」少年は、中学校の内申書をめぐる裁判の原告に。子どもからの電話・チャイルドラインを日本で始め、自著で元気印の言葉を生み、衆院選の比例代表で二度復活当選し、国会の質問王に。逸話は多い。

 国政復帰を目指していたが、東日本大震災でスピード感ある自治体の対応に「先陣を切って社会を変えられる」と方針転換。世田谷区は以前の選挙区で「進取に富む」印象をもつ。魯迅を愛読する。

◇中小事業者の相談に乗る

 慶野 靖幸(けいの やすゆき)氏(59) 無新 =共

 世田谷区育ち。高校時代は野球一筋。「野球部の監督になりたい」と教員を目指し進学したが、学生運動に没頭し中退。都内各地の民主商工会などに勤め、「最後は古里で」と二〇〇三年からは世田谷区で中小零細事業者の相談に乗る。教師志望の人間だったが、相談時に心掛けるのは「先生にはなるな」。「区長になっても一緒に考える姿勢を貫きたい」

 今は野球の結果検索が趣味。高校球児を想像しにくい体形、やせることが目下の課題。

◇アルバイト100種経験糧に

 川上 和彦(かわかみ かずひこ)氏(52) 無新

 福岡県出身。駒大に進学し、初めて住んだ東京が世田谷区。学生時代、生活費を稼ぐため百種のアルバイトをした経験が糧に。卒業後、衆院議員の秘書に。きっかけは学生時代に手伝った選挙で、大勢の人に支えられて政治家になる過程に感動した。「政治家を支える仕事も意義がある」

 何をやるにも「不退転」。まさに今選挙もだ。「区を市にしたい」と夢を描く。家族は妻と子ども二人。高校時代はバレーボール部の主将。物まねが得意。

【江東(3候補)】 

◇「脱お役所」 区政取り入れ

 川北 直人(かわきた なおと)氏(36) 無新 =民国減

 深川生まれの深川育ち。大学卒業後は総合建設会社に就職し、東北や東海地方に赴任。現場監督として土木工事の指揮を執った。

 古里のために働きたいと、当時自由党の衆院議員だった東祥三氏の秘書に。二十八歳で立った区議選でトップ当選した。

 前回区長選では二万八千票差で次点に終わった。巻き返しを期して現職に挑む。脱お役所主義を掲げ「今の仕組みを打破し、区民の生活に寄り添うおせっかいな区政をつくる」。

◇区政の坂道上り続けたい

 山崎 孝明(やまざき たかあき)氏(67) 無現<1> =自公

 そば店経営、トラック運転手、衆院議員秘書などさまざまな経験を経て、三十九歳で区議に初当選した。五期務めた都議時代は、都議会東京オリンピック招致議員連盟会長などを歴任。四選を果たした石原慎太郎知事との付き合いが深く、今回も早くから出馬を促し続けてきた。

 意欲、スピード、思いやりが区政運営の基本姿勢。愛読する司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」にちなみ、「区政という坂道を上り続けたい」と意気込む。

◇福祉と暮らしを最優先で

 吉田 年男(よしだ としお)氏(63) 無新 =共

 福島県中央部の鏡石町出身。工業高校の機械科を卒業し、地質調査会社やプラント設計会社に勤務した。その後共産党地区委員会専従となり二〇〇五年、〇九年の衆院選に出馬。二万票以上を獲得したが敗れた。

 消費税の撤廃運動にも取り組む。今回は「革新区政をつくる江東区民の会」と政策協定を結んで出馬。築地市場の豊洲移転受け入れ撤回などを掲げ、「福祉と暮らし最優先の区政を目指す」と訴える。趣味は山登り。

【江戸川(2候補)】

◇放射能対策を抜本見直し

 河合 恭一(かわい きょういち)氏(58) 無新 =共

 東日本大震災を目の当たりにし「命と暮らしを守る政治が今こそ求められている」と立候補した。大きな被害をもたらした津波や、放射能対策が江戸川区の地域防災計画に盛り込まれていないので、その抜本見直しを特に急ぎたいとする。

 神奈川県小田原市出身。会社員、共産党職員などを経て、区議を一九九五年からと二〇〇三年からの二期務めた。信条は「区民が主人公の政治」。妻、娘三人の五人暮らし。趣味は江戸文化の研究。

◇スーパー堤防など推進を

 多田 正見(ただ まさみ)氏(75) 無現<3> =自公

 三期にわたり、職員削減など財政健全化に力を入れるとともに、海抜ゼロメートル地帯を抱える自治体トップとして、防災のまちづくりを推進してきた。「やりかけのスーパー堤防事業など、もっと災害への備えをしなければ」と、四選出馬を決意した。

 同区職員出身。区教育長の二期目途中だった一九九九年、当時の区長の後継者として区長選に出馬、初当選した。妻と二人暮らし。座右の銘は「素心」「和顔愛語」。

【墨田(5候補)】

◇区長給与の20%削減掲げ

 木内 清(きうち きよし)氏(56) 無新

 「区が進めるスカイツリー関連事業には無駄があり、見直すべきだ」。二十三区で基金残高が最も少ない中、積極策に出ている現区政を批判する。

 区長給与20%削減を掲げる。「行財政改革への姿勢をトップが示し、職員の意識を変えたい」と話す。本年度から建設が始まる「すみだ北斎美術館」の計画も変更し、建設費を縮小させる。

 長野県出身。区議を七期務めた。ランニングが趣味で、週末に皇居の堀端を走る。

◇区役所変え魅力国内外に

 川松 真一朗(かわまつ しんいちろう)氏(30) 無新

 「スカイツリーが開業する時期こそ、区役所を変え、墨田の魅力を国内外へ広く発信する絶好のチャンス」。周囲の反対を押し切って出馬を決意した。

 アナウンサーとして情報を伝えても、自分の手で世の中を変えられない歯がゆさを感じて政治の道へ。従来の想定にない事態に備えた防災対策や、財政改革、地域コミュニティーの再構築を掲げる。

 墨田区で育ち、学生時代はラグビーに打ち込んだ。妻と十一カ月の長男と暮らす。

◇区民望む政策きめ細かく

 桜井 武(さくらい たけし)氏(76) 無新

 美濃部亮吉都政の一九七七年から都議を八期務め、都議会自民党政調会長などを歴任。積極的に議会質問に立つ論客で知られ、一昨年は本会議で東京スカイツリー関連事業について都側をただした。

 現職の四選を阻止すべく出馬を決意。「スカイツリーが区の発展にどうつながるか見えてこない」とし、医療や福祉、教育、産業振興など「区民が望む区政を強力にきめ細かく進める」と訴える。座右の銘は「百万人といえども我行かん」。

◇ツリー関連施策仕上げを

 山崎 昇(やまざき のぼる)氏(65) 無現<3> =民公

 東京スカイツリーを活性化の起爆剤にしようと、周辺道路の電線地中化などハード事業を推進してきた。「ツリー関連の施策を仕上げるのが私の責任」と四期目を目指す。

 住宅が密集し、災害に弱いとされる墨田区。東日本大震災を受けて「住宅の不燃化と耐震化を進める一方、地域で支え合う態勢づくりも進めたい」。

 叔父が先々代の区長。区職員時代は財政畑が長かった。週末は自転車で行事を回り、区民の声を聞く。

◇自然エネルギーへ転換を

 牛山 鈴子(うしやま れいこ)氏(68) 無新 =共

 三回連続で区長選に挑戦する。「大規模開発ばかりにお金を使い、暮らしには冷たい区政を変えたい」と意気込む。

 大震災を踏まえ、政策の柱は安心な街づくり。震度7を想定した防災計画づくりや、密集地の解消、自然エネルギーへの転換を訴える。福祉サービスの料金値下げや保育園増設など、福祉の充実も公約に掲げる。

 新潟県出身。一九七九年から区議を六期務めた。趣味は絵手紙や合唱。

 

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