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【米ハーバード大 サンデル教授インタビュー 詳報】

中国に抜かれてもたじろぐな GDPより生活の質

2011年1月16日

 ミネアポリス生まれ。オックスフォード大で博士号取得。1980年からハーバード大教授。「政治哲学」の講義は1000人が受講する大人気で、『ハーバード白熱教室』として同大で初めてメディア公開された。奥さんは日本生まれ。日本に愛着を持った両親が『キク』と名付けた。

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 米ハーバード大のマイケル・サンデル教授インタビューの詳報は次の通り。

 ―教授の著作「これからの『正義』の話をしよう」は日本で米国を超えるほどの大ヒットに。「正義」を語ることがなぜ、日本で受けていると思うか。

 「私も驚いている。訪日中に感じたのは、日本人は大きな倫理上の問題を討論したがっているという意思。私の本では結論を出すのではなく、日常的な社会問題で倫理、道徳をどう語ることが可能か、道筋を示している。おそらく皆さんは討論の楽しみを発見してくれたのでは」

 ―討論に引き込む具体例の出し方がうまいと思うが。

 「一般の人たちを引きつけるには、哲学的な問い掛けを日常の具体例で示すことがカギ。ただ、討論とは勝手な意見の言い合いではない。反対意見に耳を傾け、論理的な議論を進めることで、この点も日本の皆さんには新鮮だったのかも」

 「東京大学の講義をする前に『日本人は討論下手。公開討論しても手は挙がらない』と言われた。しかし、講義が始まった瞬間、皆が自分の意見を語りたがり、反対意見に敬意を持って接し、心配は吹き飛んだ」

 「日本人の関心は、社会の平等、不平等のようだ。日本は米国よりずっと平等を重んじる社会。ただ、ここ数十年は市場主義・個人主義が日本でも優勢となり、諸外国並みに格差が出てきて、共同体の価値や地域住民のつながりとぶつかっている。市場主義は極端な個人主義も生む。個人主義と公共性の折り合いをどこで付けるのかは、私の大きなテーマの一つ。格差に慣れっこの米国人より、日本人が共感を持ってくれたのかもしれない」

 ―日米の聴衆の反応の違いは。

 「実は、ハーバード大卒の息子を東大の講義にも参加させたが、おもしろいことに彼は『ハーバードと全く同じ反応だ』と言っていた。私も同感だ」

 「違いがあったのは、兄が犯罪者の弟を警察に突き出すかどうかをめぐる議論。突き出す理由として、東大では『法の裁きを受けるのは本人のためになる』という意見が多かった。ハーバードでは『通報は公益で、兄弟のきずなを超える』という意見がほとんど。それ以外は、質疑での聴衆の反応にほとんど差はなかった」

 ―日本は今、経済成長路線の大転換を迫られている。GDP(国内総生産)で中国に抜かれ、今後の国の在り方に自信がない。教授ならどこから議論を始めるか。

 「世界のGDPランキングはたじろぐような要素ではない。確かに日本経済は目を見張る成功だ。しかし、英国やフランス、カナダで、自国の経済力が世界で何位か知っている人が何人いるのか。成熟した繁栄で満足している」

 「経済指標にとらわれる不幸。これは日本だけでなく、他の先進国にも共通といえる。ここ30年ほど、経済主導の米国モデルがグローバル化して、先進国では経済が政治を圧倒してきた。政治は事務的になり、公共善や民主主義、社会正義の増進はおろそかに。しかし本来、こうした問題が政治の中核であり、民主主義社会で活発な議論が必要なはずだ」

 「経済主導の議論は、政治を貧困にする。だから、日本では公共での議論の場で、経済から方向転換をし、経済以外に視野を広げるべきだ。経済政策は重要だが、GDPの最大化で終わってはだめ。社会正義や公共善、生活の質、健全な社会づくりが議題にならなくてはいけない」

 「日本では核家族化が進み、村落共同体は崩壊。高齢化も進んでいると聞く。まさしく、ここが議論の中核となるべきでは。共同体の意義付け、世代間における『正義』の違い。民主主義社会が無視できない問題だ」

 ―具体的な経済問題として、雇用がある。円高で生産拠点を海外に移す輸出企業が増えている。企業としての「生き残り」と「雇用確保」という公共善の板挟みに遭っている。

 「個々の企業で解決できる問題ではない。もっと広い政治経済問題としてとらえなければ。企業の終身雇用は経済のグローバル化で危機にさらされている。そこで正社員とパート社員などの格差が出ているのだろう。この問題の解決を、日々競争にさらされる個々の企業の責任としてはならない。社会全体としてどうセーフティーネットの構築を進めるのか。ここでの正義とは、自分と関係ない要因で職を失った人たちに、どう社会保障などの安心を与えるかだ」

 ―政治討論への市民参加を呼び掛けているが、インターネットなど情報技術の進歩で討論の輪は広がるのか。

 「逆に技術の進歩で、個人が自分の世界に閉じこもりつつある。電車やバスの車内などの公共の場で、携帯機器に没頭する人が多い。世界とつながっているつもりが、身の回りから遮断されている」

 「多くの人がネット上でニュースを見るが、自分の好きな出来事や意見にしか目を向けない。米国のケーブルテレビ局でもそう。保守派とリベラル派は、自分の見方と一致する局しか見ない。異なる意見や、新しい見方にさらされる機会がどんどん減っている」

 「私の講義や本の目的は、種々雑多な意見がせめぎ合う、健全な民主主義の討論モデルの提示。新聞などのメディアでも、読者が驚くような目新しい視点を示すことが大事だ。読者を一つの意見に安住させてはいけない」

 ―市民の多様な意見を調整するには、教授のような名司会者が必要だ。

 「私かどうかは別にして、単なる言い合いにならないように調整役は必要。それには大学などの教育機関が討論の訓練を進めること。そして、新聞のようなメディアが頻繁に公開討論を主催すること。討論で市民の要望を高いレベルに鍛え上げ、政党を突き上げる」

―新聞も哲学の勉強が必要ですね。ところで、自宅でも討論の実践を?

 「大学を出たばかりの二人の息子がいるが、彼らが幼いころから妻を交えて、夕食の席で議論をしている。議題はニュースだったり、子どもが学校で先生から受けた『不公正な仕打ち』だったり。家族で試して、うまくいった討論のネタを大学の授業で使っている」

 ―授業では、クリントン元大統領の不倫騒動もネタに、ドイツの哲学者カントの教えに結び付けている。

 「家でも話題にしたが、こればかりは妻が強硬で議論にならなかった(笑)」

 ―夫人は日本生まれとお聞きした。

 「彼女は横浜生まれ。父親が戦後に進駐し、両親が日本に愛着を持ったので、最初の子どもだった彼女に、日本風に『キク』と名付けたらしい」

 ―政治理念を訴えて当選したオバマ大統領は2年たって勢いを失いつつある。

 「候補者として政治理念や市民参加を明確に語ったのだが、政権運営に忙しく、政治に反映させる余裕ができていない。今後2年でどこまで理念を取り戻せるのか、彼にとっての大きな挑戦になるだろう」

 (聞き手=阿部伸哉・前ニューヨーク特派員、米マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード大学で)

 (了)



 

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